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悪食

 ビーマの口はでかい。
 いや、あいつは手足を含めてなんでも規格外にでかいが、腹立たしいことに対面して恐怖を覚えるのは口を開けたときだ。牙のように鋭い歯が光る、あれに噛まれると非常に痛い。
 大きな口で差し入れに貰った果物にかぶりつく相手を眺めていると、なんだ食いたいのかと頼んでないことを聞かれる。
「いらんわ、なんも言ってないだろう」
 貴様があまりにも野生児じみた食べかたをするので、目に余ると思っただけだと言えば、皮はちゃんと剥いただろと返して変わらずに桃の実をかじりつく相手に、それで料理人というのだから驚くなと嫌味で返す。
「種の周辺まで余すことなく食べ切れるだろ」
 食べ切った種を吐き出し、全て食べ尽くさないともったいないだろうと果汁で汚れた指を少し舐めるので、そこまでしなくてもよかろうがと溜息を吐く。現代に即して食事マナーもしっかり気をつけろ、貴様の評価が下がるのは知ったことではないが、見ているほうは不快なのだと返せば、じゃあ見るなと眉をひそめて返される。
「なんでわし様が貴様のために行動を変えねばならん?」
「気に入らねえなら関わらなければいいだろ」
 それができないのが不思議だと言いながら、二つ目の実に手を伸ばしている。大食らいなのも相変わらずか、いやサーヴァントが全盛期の姿だっていうのなら、こいつの食欲も一番強い時期ということなのかもしれない、魔力消費が大きな者ほど食欲に転換されているとも聞くし、であるならば考えるだに恐ろしい話だな。
 そんなことを考えていると、手元にあった籠をこちらへ差し出してくる、なんだと聞けばそんなに食いたいのなら、好きなの選べばいいだろと言うので、別に腹は空いておらんが、反論するのも面倒になり中から赤い実を取りあげて、半分に割る。
 綺麗に色づいた柘榴の実を摘み食べていると、一口で食べたほうが楽じゃないかと指摘されるも、過食部ではない場所を口に入れることになるだろうが、おまえと一緒にするなと苛立ちつつも返す。
「そんなもんか」
「まったく、自分の基準で話をするな」
 しかし一粒ずつ口に運ぶのが面倒なのは否定しない、特別に甘い果物というわけでもないし、ある程度食べ進めると飽きてきた。
「もういらん」
「そうやって無駄にするのも考えものだぞ」
 カルデアのリソースは貴重なんだぞと言うが、そうは言っても切り詰めなくてもいけないほど困っているというわけでもなかろう、果実一つで明日が厳しくなるというわけでもあるまい。
「捨てるくらいなら寄越せ」
「好きなだけ持っていけ」
 投げて寄越すつもりだったが先に立ちあがった相手に腕を掴まれて、勝手に引き寄せられるとそのままかぶりつくので、本当にそのまま食べるのかと呆れる。
 目の前にある相手の顔と歯に絡みつく果汁の赤さが血の色のように映る、ふっと背筋に悪寒が走るのを悟られないよう堪え、そんなに食べたいなら自分で持てと言うも無視して、再びかじりつく。熟れた実が弾けて飛び散りわし様の顔にまで飛び散ってきたので、いい加減にしろと残骸を取ろうとすると、空いてたほうの手で押さえつけ阻まれる。
「おいビーマなんのつもり」
 こいつの口は大きい、もちろん口が裂けるわけでもなければ獣のように牙が生えてるわけでもない、だが目の前にすると本能的に恐怖が勝る。
 顔に飛び散った残骸を、次いで弾けた果汁を舌を使って丁寧に舐め取ってくる、吐き出す息の熱さと舌のぬめった感触と果物の甘い香りが混じって、相手の刺激されている欲求はなんなのか。
 一度口を離して自分の唇を舐めると、軽く息を吐いてから再び開いた口から舌が伸び、驚いて見開かれたままだった目に触れる。
「うぇっ」
 なにをすると暴れて逃げようにも両腕は封じられているし、そもそも馬鹿力のこいつから逃げられるわけがない。いいように貪られているのは気に食わないものの、流石に視界を塞がれていてはこちらの分が悪いし、すぐそばにはなんでも噛みきれそうなあの歯がある、眼球の一つくらい噛みついて引き出すのはわけないだろう。そんな恐怖に体が引きつり、抵抗する力はどんどん弱まってしまう。
 それをいいことに、触れるか触れないかの微妙な距離を保ったまま、開かれたままの目を舐り、浮いた涙と奴の唾液を吸いあげて、いい加減に飽きたのかようやく離れてくれた。
 詰めていた息をようやく吐き出すが、今度はこちらに狙いを定めたのか唇を合わせてきた相手に、いよいよ頭にきたので、不意打ちを喰らって侵入された舌先を思いっきり噛みついた。
「なにを」
「こっちの台詞だ馬鹿者!」
 気が緩んだ隙を逃さず拘束されてた腕から抜け出し、手の中で半分潰れていた柘榴の実を投げつけると、白い服にぶつかって大量の果汁が赤い染みをつけた。
「なんのつもりか知らんが、気味が悪い、悪食もほどほどにしておけ」
 それだけなんとか捲し立てると、霊体化してその場から退散する。

 残されたビーマは投げつけられた柘榴を取り、もったいないことするなと呆れた溜息を吐く。
 赤く色づいた果実は蠱惑的な味がした、だがそれ以上にこちらを睨む目の奥にもっと興味があったのだ。
 滴る果汁のついた指を舐めて、顔をしかめた。
「血の味がする」

あとがき
なんというか、眼球舐めが書きたいなと思って。
こういう不穏で背徳的かつ、ちょっと耽美な話の短編集を作りたいなと、最近考えていたので練習がてら書いてみました。
本作を収める場合は、もうちょっとボリュームある話に手直ししたいですね。
2023/07/24 Twitterより再掲
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