新刊は爆速で仕上がったらしい
カルデア中のサーヴァントの靴、それをまとめた写真を本にするという者好きがいるらしい。まあ靴が好きだというのは当世の女性では珍しくもないし、身を飾る物として美しくありたい気持ちは尊重する。
それはいいが、問題は撮られた写真に書かれていたコメントである。
「わし様の靴、なんでキュートなのだ?」
いや人の目から見て賞賛に値するのは当たり前だ、頭からつま先にいたるまで気を使っているのだから、むしろ評価不明なんて書いてあったら怒っていたところではある。しかしながら可愛いとはなんだ、わし様のあふれる大人の魅力が伝わらんか。
「というわけで、最強にハイセンスと言わせるような一品を求めておるのだが」
「そういう話でしたら、確かに承りました」
であればこのミス・クレーンにお任せください、満足のいく一品を必ず仕立ててみせますと太鼓判を押す女性、衣服や装飾品に関しては誰よりも精通しているらしい、その言葉を信じて任せた結果がこれである。
「対抗心を燃やすのはいいけど、なんでわざわざヒールにしたの?」
「わし様なら履きこなせると思ったからだ」
実際にちゃんと受け取ってここまで履いて来ただろ、と新調したばかりの新しい靴を見せてみる。深い紫のベルベットに金の飾りをあしらった、ストラップつきの真新しいピンヒールだ。
件の妖精の小娘にもおっさんの癖に超クール、いっそムカつくんだけど賞賛だか罵倒だかわからない言葉をかけられ、思わずおっさんではないわと突っかかり、一悶着あったためマスターの部屋に召喚された。
「しかしあの妖精、口が悪すぎやせんか?」
「バーヴァン・シーはあれで普通だよ」
やりかたはともかく、情熱があるってことだから寛大に見守ってあげてほしいなと言うが、その結果が今回の騒動の引き金になったのではないかと返すと、それはなんとも答え辛いかなと苦笑いする。
「まあ、チェイテピラミッド姫路城よりは、まだいいかなって」
「なんでそんなトンチキな場所と比べる」
居住区に森が侵食してきたとか、普通に考えて反乱ものだぞ。まあその怪異もひと段落したし、このくらいは日常茶飯事というか、まあ追々とわかるよと少し遠い目をして返ってきた。
「ところでさ、その靴はこれからも履くの?」
「せっかく作ってもらった以上は、そのつもりでいるぞ」
どうした気に入ったのかと聞けば、格好いいけど流石に百九十センチ越えのヒールは大きいなって思ってとつぶやく。
「それ何センチ?」
「八センチだ」
じゃあほぼ二メートルじゃん。カルデアのサーヴァントはみんな長身だけど、急にそれだけ高くなると流石に圧倒されちゃうな。
「というか、初めてのヒールで八センチとか、大丈夫なの?」
足ガクガクにならないと聞かれて、これくらいなんてことはないなと言えば、信じられないサーヴァントの体幹ってどうなってるのと、心底驚かれる。
「わし様は、なんでもできるからな」
すごいだろう、天才だろう、もっと賞賛してくれていいぞと続けると、そんなに身長がほしかったのかと不遜な声が投げかけられる。
「なんでおまえがここにいる?」
「マスターの部屋なんだから、俺が来てもおかしくないだろ」
試作で作ったお菓子を差し入れに来たんだが、そこにトンチキな格好をしたおまえが居ただけだと言うので、なにがトンチキだわし様の新たな最強にクールな姿だ、あの妖精の小娘ですら褒めてたくらいだぞ。
「それは靴のデザインについてだろ、おまえじゃない」
「なんだと」
はいはい喧嘩しないでと、間にマスターが割って入り言葉の応酬は止まるが、苛立ちのままいつもより下になった相手の顔を睨みつける。
「しかし、馬鹿でかいし邪魔だな」
踏まれたら充分に凶器にもなる、抜かせわし様ならばこの靴でもコケたり他人の足を踏んだりせん、なんなら踊ってやってもいい、最高のステップを披露してやるぞ。
「できるわけないだろ」
「できる!」
無理だな、いいや絶対できる、意見は噛み合わず平行線を辿るので、わかったそれじゃあ試してみたらいいんじゃないと、マスターが右手をかざす。
「えっ」
「おいちょっと待て」
令呪をもって命じる、ドゥリーヨダナそしてビーマ、二人で踊って。
「マーちゃんが急に部屋に集合なんて言うから、何事かと思ったんだけど」
これいい資料になりますわと言いながら、手元のペンを走らせていく眼鏡の小娘と、確かにいいネタにはなるけど、なんでイベント直前なのよと怒りを滲ませる水着姿の少女を前に、なんでわし様たちは踊らされてるんだ。
「ほらインドってなにかあったら踊る国民でしょ?」
「現代の文化に、侵食されておるぞ」
しかも映画の話だろうが、現実で急に踊り出すような奴がいるわけなかろう。
「大体なんでタンゴなんだ」
「二人で踊るならちょうどいいかなって」
それにしても息ぴったりだね、さっきからステップに乱れないよと笑うが、そんなわけなかろう。絶対に踏まないと豪語した以上は、慣れないダンスであろうとも華麗な足捌きを見せてやる気ではいるが、なにぶんペアになった相手が悪すぎる。
なんでよりにもよってビーマなんぞと手を取って踊らされなきゃならんのだ、どこぞの妙齢の姫君とかさ、傾国の美女とか他に適任者がいるだろ。
「うるさいぞ、もう曲が終わるまで黙ってろ」
どう足掻いても令呪の縛りから抜け出せないなら、もう黙って従うより他ないと諦めたらしい相手に、おまえよく平気でいられるなと足を蹴りたくなる衝動を堪えつつ、力強くステップを踏む。
「いいわ、いがみ合う二人が手を取り合ってダンス、とってもいい」
いい新刊になりそうと目を輝かせながらつぶやく相手に、本気かとげんなりした視線を向けるも、ペンの勢いはとどまるところを知らない。なんで創造に取り憑かれた者の情熱は暴走するんだ。
軽快で情熱的な音楽に合わせて踊るが、ここまで楽しくないのも珍しいぞ。軽い運動を共に行うと連帯感が生まれるとかなんとか言うが、こいつと仲良くなってたまるか。
「というかなんでわし様が女役をやらされにゃならんのだ」
「そんな靴履いてるからだろ」
潔く諦めろと腰に手を回して、ターンを決めたわし様を軽々と受け止めてくるので、もう失敗してもいいからわざと足を踏みつけてやろうかと考え始める。
「変なことを画策しても無駄だぞ」
「ぐぬう」
こちらの考えを見抜いていたのか、踏みつけた足があった場所から軽々と抜け出して次のステップに移る、非常に腹立たしいがこいつがなんでもそつなくこなせるのは知ってる、だからこそなんとか失敗させたいんだが、全てが無駄な足掻きらしい。
結局は曲が終わるまでしっかり踊らされてしまって、すっかり脚が棒になったころに解放された。
「もう無理、わし様疲れた」
慣れない靴だったのもあって無駄に体力を消費した気がする、水を所望すると言えば、これいいかとボトルを投げられる。
「おまえには言っておらんわ」
「マスターの手を煩わせるまでもないだろ」
大体その靴を履いたのはおまえなんだから、最後まできっちり責任は持てと言われるので、もう脱いでやるとストラップに手をかける。全力で踏みつけてやろうと何度か踵を打ちつけた割に、ヒールに傷はほぼ入っておらず特にくたびれた所もない、戦場で使えばうまくいけば相手を穿つのに使えるのでは?
「流石に混戦時は危ないと思うよ」
バーサーカーの本気の蹴りじゃ味方への損壊もすごそうだし、やっぱり棍棒を使うのに邪魔になるんじゃないと指摘されると、否定はしきれない。
「あれだけ激しく踏みつけて、傷一つない部屋の床のほうがすごいと姫は思うわ」
姫みたいな貧弱サーヴァントなら、ステップ一つでも結構HP持ってかれるくらいの力あったのにと言う怪異に、対サーヴァント用の障壁は展開されてるから、ちょっとのことなら大丈夫だよと笑顔で答えている。
「二人ともどう、新刊はいけそう?」
「おかげさまでもう、本当にはかどりました」
「まあ、資料にはなったし、多少は役に立ったわ」
楽しみにしてるねと言うが、噂に聞くサバフェスだったか? それでなにが描かれるんだ、考えるだにおぞましいんだが。
「おまえが見栄を張るのが悪い」
おかけて変なものにつき合わされたと、憎々しげにつぶやく相手に、貴様が来なければこんな目には遭ってないがと返すと、脱ぎ散らかしてあったヒールを拾いあげる。
「これはもういらないよな?」
処分しておいてやるよと言うので、勝手に決めるなも返すもおまえに渡しておくのは、なんだか不満だからと取り合わない。いつも通りの靴は魔力で編めるだろうから、帰りは問題あるまいと勝手に引き取る方向で話が進んでいく。
「おいだから勝手に決めるな」
「こんな靴擦れを起こすもん、二度と履くな」
ちょっとのことが影響するもんだ、不要な飾りはいらないだろうと傷のある踵を掴まれてなぞるので、ぐっと痛みに声を抑えると同時に、こいつに下半身を触られることへのフラッシュバックが走る。
反論がないことを了承と取ったんだろう、だからこれは処分しておいてやると言い置いて新調したばかりの靴は没収されてしまった。結構気に入ってたんだがな、残念な気持ちになる傍で身悶えるように震える城妖怪に、貴様どうしたといぶかしみつつ声をかける。
「あなたの靴をくださいって、脚フェチの才能あるなって」
これはまたいいネタが降ってきたと歓喜に震える、恐ろしい生物を傍目にあいつがそんな理由で持って行くわけないぞと夢を壊しておく。これ以上は現実の自分たちになにか、よからぬことが起きる気がしたからだ。
「次に靴を仕立てるときも、是非とも声かてほしいなあなんて」
「次なんぞない、今回ので流石に飽きたわ」
今回のイベントで、ヨダナさんの靴がキュートだったのに手叩いて笑いました。
こいつはガタイのいい男性にヒールを履かせたいという、厄介な癖を持っている者としてはヨダナさんには是非とも足を通していただきたいですね。
2023/07/06 Twitterより再掲