髪の分け目も闘争のもと

「すまない、そこのエキゾチックな香りのする王族のかた」
「えらく遠回しだな」
 呼び止めるにしては枕詞が大きいが、別に悪い気はしなかったので、とりあえず話は聞いてやろうとは思う。
「その素敵な髪を留めているピン、一度外してはもらえないだろうか?」
「はあ?」
 そして前髪をおろしていただきたい、ちょうど左目が隠れるようにといい笑顔で続くので、以蔵が言ってた目隠れ好きの変態野郎ってのはこいつか、とようやく思い至る。
「なんで貴様の欲望のために、わし様の髪を弄らなければならんのだ」
 やだよ面倒臭いと鼻であしらおうとしたが、あなたの目隠れ深度はなかなかに高いので、そのピンから自由になることで素晴らしい前髪が完成する、そう私の勘が告げているのだと笑顔で決して引かない。
 なにその勘、職業柄そういう嗅覚が働くっていうんなら、もうちょっと金目のものに対して効いてくれたほうがいいと思うんだが。変態はなに考えちょるかわからんと、以蔵が顔をしかめた理由がなんとなく理解できた。たとえクラス有利でも苦手なもんはあるということだ。こんなくだらない願望につき合う必要はない、さっさと断ってしまおう。
「もちろんタダでとは言わない、至高の存在には相応の対価を払うとも」
「よーし、いくらでも外してやろう」

「あれドゥリーヨダナどうしたの、イメチェン?」
 流石はマスター、髪の分け目ほどの変化でも気づいてくれるか。
「もしかして、バーソロミュー案件?」
「あいつそんな呼ばれかたしてんの?」
 急に目隠れのサーヴァントが増えると、後ろで手を引いてる相手のこと想像しちゃうんだよ、なにも変なことされてないと心配そうに聞かれるので、特に危害は加えられておらんぞと答える。
「買収されてない?」
「なぜバレた」
 だって自分の利にならない人のお願いなんて聞き入れたりしないでしょ、とバッチリ指摘してくる相手に、そりゃあ前髪下ろすだけで謝礼が貰えるんなら迷いなくすると答えれば、あの海賊どんどん見境なくなってきてると溜息混じりにつぶやく。
「それにしても、ピン外すと雰囲気も変わるね」
「似合わないか?」
 そんなことないよと答える彼女に、まあ多少は邪魔ではあるものの三臨の姿と合わせて気分転換くらいにはなる、それに容姿を褒められて悪い気はせんだろと答える。 「問題があるとすれば、常に刺さるような視線があることくらいだ」
「いい加減にしろよバーソロミュー」
 別にわし様も王子であるからして、常に人の視線に晒されるくらいは問題ない、悪意があるわけでも殺意があるわけでもないし、今のところは気にするほどではあるまい。
「面倒になったら、一息に殺してしまえばいいしな」
「カルデアは私闘禁止です」
 私闘ではない、邪魔者の排斥だと伝えればより悪いよ、あれでも一応カルデアのサーヴァントだから、あんまり危害は加えないでよと念押しされてしまった。
「マスターに旦那じゃねえか、なにしてんだ?」
 ドゥリーヨダナが目隠れ案件でかくかくしかじか、という大雑把な説明を聞いて、あの野郎は怖いもの知らずか、と呆れ気味にアシュヴァッターマンもつぶやく。
「旦那もそんな下手な願い聞き入れないでくれ」
「別に渋るほどのものでもあるまい」
 ただピンを外して髪の分け目を変えただけだ、なにがいいのかはまったくわからんが、本人が満足しているんなら問題はなかろう。
「でもよ旦那、それいいのか?」
「なにが?」
 だってよと言いかけた矢先に、ぬっと目の前に進み出てきた人影に、なんだよと睨みつけて返せすも、黙って仏頂面のままこちらを見返すビーマは表情を一切変えない。
「おまえ、その頭なんだ?」
「わし様がどんな髪型だろうと関係ないだろ」
 長くなろうが短くなろうがどっちでもいいだろうが、大体わし様の気分でやってるのにと言いかけた際に、無言のまま髪を掴み前髪が邪魔だと勝手にいじってくる。 「やめろ、やめんかバカ、乱雑に扱うな乱れる」
「変わらねえだろ」
 いいから触るな不快だ、というか乱暴がすぎるぞ抜けたらどうしてくれる。なんとか相手の腕から抜けて、乱された髪をいつも通りの分け目に変えてピンで押さえつけると満足したらしい。
「それでいい、おまえも戦士なら最低限度の準備は怠るな」
「わし様はいついかなるときでも、戦う用意はあるが?」
 どうだか、目にかかるような髪は褒められたもんじゃないと不機嫌に言いおくと、そのまま踵を返して立ち去った。なんだあいつ意味わからん、なんでわし様の前髪にみんなこんな執着するの。
「旦那の髪は、戦場に立つためにまとめたもんだろ」
 勝手に変えられたら気に食わねえ奴もいる、たぶん筆頭はビーマだろうと当たりをつけていたけど、まさかそこまで反応があるとは思わなかったと言う相手に、わかっていたなら助けろと涙目で伝える。
「また一人、素晴らしい目隠れが誕生したと思ったんだが」
「いつの間に現れた貴様」
 頼んだ手前その人を見守るのは当たり前だろう、といい笑顔で返す海賊に、いい加減もうカルデアで性癖を布教させないでと、マスターがツッコミを入れる。
「快く申し出を引き受けてくれるかたも珍しくて、ついね」
 それが別の意見とぶつかるのもままあることだろう、並々ならぬ因縁がありそうだったけど、それも含めて面白いじゃないか。
「面白いってなにが?」
「あなたの両目を隠さずに見たい人がいる、ということがさ」
 前髪一つでわかる執着心もあるってことさ、軽々に他者が口を挟んではいけない問題もある、だから今回は大人しく身を引くともと言うが、元からおまえのもんでもないぞ。
「というか、ビーマにやな顔させられるなら、前髪くらいいくらでも伸ばすが?」
「喧嘩は禁止」
「ああ、できればやめてくれ」
 旦那があいつに髪を掴まれてるとすっげえ心臓に悪い、と旧友からも拒否され、まあ確かにいい思い出ではないし、彼の怒りを刺激することもないかと思い直した。 「しかし、わし様も罪作りな男だな」
「本当にねー」
 心がこもってないしょっぱい返事に、ちょっと傷つくからやめてくれよと言えば、ドゥリーヨダナはいつも通りが一番カッコいいよと褒めてくれるので、そうかと機嫌は元に戻る。
「マスターも旦那の扱いかた、わかってきてんな」
「ここも、色んな人がいるからね」

あとがき
ヨダナさんのピン外したら、どんなかんじだろうと考えたらバーソロミューが乱入してきた話です。
2023/07/07 Twitterより再掲
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