今日の小説まとめ3
祝勝会はハワイアンGENJIで行われた
井の中の蛙大海を知らずって言うけども、海に落ちた蛙はどうなるんだろう、空の深さすらも身に染みて覚えろってことか、そうか。
澄み渡るほど青い真夏の空を見あげて、そんなことを考える。
北極に築かれた常夏の楽園に、なんだかんだと招待を受けてさてどうするかと思っていた矢先、そこにいるのは我が友マンドリカルド氏ではと、声をかけられた。
「ああどうもっす」
お互いすっかり夏の装いですなと笑う黒髭に、そっすねと返す。
「もしかしてお一人だったりします?」
急に連れて来られたもんでと答えると、あのお嬢さんがた連れて来た後は放置プレイなんですな、と非常に残念だと顔に現れるので、カルデアとの往復に忙しいんじゃないっすかと指摘すれば、それはそうなんでしょうけどもと名残惜しそうにつぶやく。
「まあいいや、ところでこの特異点には海辺のエリアがありましてな、本物の海賊船をモチーフにしたアトラクションがあるとか」
話を聞く限り、船といってもパーク用にサイズダウンしたものではなく、完全に実物大かつステータスまで振られた、ガチの船を使う海戦ものだという。
「拙者としては見逃せなくてですね、これから突撃してみようと思ってたんですけど、どうですご一緒しません?」
俺でいいんすかと聞けば、こういうのは男のロマンがわかる奴と一緒がいいのさ、と目を輝かせながら言うので、同じライダークラスでもやっぱ違うんだなと思う。
そして海辺のエリアに足を踏み入れたところ、思ったよりちゃんとしたテーマパークで、それまでと違いビックリしたりもした。綺麗に整備された街並みを抜け、海辺に近づくれて見えてきたのは大量の船の山。
海賊船だけではなく近代の巨大客船もあり、これを襲っていく設定なのかと思ったが、二つは別物だという。いやあ普通に再現するのは無理でしょうに、特異点の魔力ってのはすげえなという感想を持つ。
「ちょっと待って、なんだこれ」
「どうした?」
黒髭いわく自分の船のステータスがおかしいと言う、どう考えてもこんなもん攻略できるわけねえだろ、ふざけてんのかと思わず声が荒ぶってくるので、ちょっと落ち着いてとなだめに入る。
「ほらゲーム上の設定、ってだけじゃ?」
「明らかなぶっ壊れと他は雑魚なんて大味なステータス分配は、環境設定として間違ってるんだよ」
一強のぶっ壊れで押すとゲームってのはつまらない、なにより自分の愛する船をこんな反対方向に魔改造された以上、黙っているわけにはいかないと主張する黒髭の隣に、そうだろうと真剣な顔で現れたのはバーソロミューだ。
「あんたも来てたんすか?」
「招待を受けたものでね、しかしこの惨状を目にした以上は黙ってはいられない」
子供向けも考えての難易度調整ってわけでもないんですかと聞けば、絶対に違うと二人揃って主張される。
「拙者の自慢の船をこんな雑魚にした支配人には、一言物申さなければ気がすまねえ」
そこまでするんですかと震える俺に、では聞きますがレースゲームに愛馬が登録され、それが一般の馬以下のステータスだったらどうしますと言われて、許せるわけないでしょと口から先に言葉が出る。
「あーなるほど、なんか理解しました」
悪いが支配人を呼んでくれ、我々が直に談判すると詰め寄っている相手を前に、これはダメだなと判断する。なまじ船は衣食住を共にした彼らの城のようなもの、こだわりは青天井なんだろう。
「悪いけど拙者はしばらくここを離れるわけにいきません」
「そうっすか、じゃあ俺はこの辺ちょっと見て回って来ますね」
必ず勝訴してみせますともと言う黒髭に、あんまり白熱して迷惑かけないようにと注意をし、その場を離れて港風の作りになった園内を歩いてると、そういえば結局あれなんだったんだろうと最初に見た豪華客船の山を思い出した。
「タイタニック、八艘飛び?」
大きく看板がかけられている名前が、あまりにも意味不明な組み合わせだったもので、脳裏に浮かんだ疑問をかき消せないまま説明を聞く。
沈みゆく船の船首を次から次へと飛び移る、壇ノ浦八艘飛びのごとくという係員の説明を、マジでかと思いつつ聞き挑戦されますかという質問に、えっとと声を詰まらせる。
「平家物語って知ってる?」
「あれっすよね、牛若丸さんや弁慶さん、あと巴御前さんとかが出てくる軍記物語」
実際の歴史を元にした物語だっていうのは聞いてますけど、それがどうかしたんですかと聞き返すと、学校で必ず一度は習うくらい日本ではポピュラーなお話なんだけどさ、登場人物がすっごい多いしクセ強いんだよねとマスターは言った。
「そうなんですか?」
「牛若丸っていうか源義経だけでも、鵯越えの逆落としとか壇ノ浦八艘飛びとかあるんだよ?」
言われてみれば確かに、あの人の伝説ってやっぱすごいんすねと返すと、日本人の感情に深く刻まれてる英雄の一人だからね、今だって歌舞伎の人気演目だしドラマになったりもするしと彼女は言う。
「日本人にとっては、ヒーローものの原点に近いのかな?」
ともかく教科書でしか見たことない人が目の前にいる、っていうのは感覚がバグって来ちゃうけど、改めてすごく不思議なことなんだよねと話していた、彼女のちょっと照れた顔を思い出す。
「やります」
少しだけ、ほんの少しだけいいなと思ったんだ。
彼女の話すヒーローという存在に、俺も近づけたりしないかな、なんて身の程をわきまえろと言われても仕方ないけど、ほんのちょっとでも近づけるならいいなって。
その結果がこれだ、英雄として星になるどころかヒトデにすらなれねえ。
派手に船首から滑り落ち叩きつけられ海面を漂う中、やっぱ身の丈にあってなかったんだ、どうしようもねえなと思っていた矢先に、要救助者発見と言いながら力技で引っ張りあげて陸へ向けて放り投げられる。
「おーい無事か?」
「ありがとう、ございます」
できればもうちょっと、優しく引きあげてほしかったとモードレッドさんに返すと、てめえが落っこちたのが悪いんだろうが、俺はそもそもライフセーバーじゃねえしと叫ぶ。
「文句があるんなら、そっちの医者に言えよな」
どういうことだと思った矢先に、一人では手が足りないと思ったが助かったと告げる医神の声が響く。
「水辺には危険がつきものではあるが、まさか救助隊や救護スタッフすら配置していないとは」
怪我の有無の問題以前に、海難事故への対策があまりにも杜撰だ、エリアの問題点として早々に解決しなければ、仮にも海辺を預かる身だろうになぜ考えが及ばない、となにやら愚痴をこぼしながら手当を進めていく相手に、すみませんとつぶやけば今のはおまえではない、ここの主人への診断だと切り返される。
「しかし客船からの滑落と考えると、なるほど面白い症例だ」
サーヴァントである以上は受け身も取れただろうにと、診察を進めるアスクレピオスに対して、やっちまったという後悔のほうが大きかったのでと返せば、喋れる力はあるなら回復は早いなと早々に手当を済ませていく。
「しばらくは安静にして休め、そして無茶はするな」
明らかにこのエリアは全てにおいて難易度の設定がおかしい、最低限でも事故防止のため救護班は絶対に設置するように進言してやる、それが終わるころには多少はマシになっているだろう。
「マスター、来てるんですか?」
「微小とはいえ特異点だ、カルデア側はもちろん調査する」
なにか知っているのかとたずねられ、いや連れて来られて以後は自由行動だったんで、知人の誘いでこのエリアまで来ただけっていうか。
「それでこの無茶なゲームに挑戦したのか」
「すみません」
反省するのはいい、ただ無謀な賭けをする前には勝率も計算しておけと言われて、そうですよねと返す。
では処置も済んだしおまえはしばし休んで行けいいなと念押しされ、その場を離れる先生を見送り、たぶんマスターと合流するんだろうなと思いながら横になって再び空を眺める。
このまま失敗したってだけで終わっていいのか、なんとなく心にモヤがかかったまま横になる。
「いや、投げっぱなしもダメか」
俺だって仮にもライダーだ、できないと逃げ出すのはまだ早い。
そこから何度か失敗を繰り返し、これ本当にクリアできんのかと思っていた最中に平景清さんが飛び越えていったので、ああやっぱ伝説に語られる人物ってすげえんだなと痛感するなどしたものの、しばしの休憩を挟んでもう一度と思っていた矢先に、なんか見覚えのある集団と顔合わせした。
「あっ、マンドリカルドじゃん!」
ヤッホー元気、濡れてるけど海入ってたのいいなあ、僕も水着ほしいなあとまくし立てるアストルフォに、別に海水浴のために入ったわけじゃないんすよとなんとか返す。
「じゃあもしかして、噂のあれに挑戦したかんじ?」
そんなに有名になってるのかと思ったけど、難易度が高いゲームって反対になんかこうそそられるものがあるじゃん。ということで難攻不落の船の墓場を突破してやろうと、意気揚々と乗りこんできたわけ。
「ローランもやるのか?」
「もちろん」
止めはしませんけどそれなりに難しいですよ、機動力はもちろん跳躍する力も求められるし、あとヒッポグリフはダメだと思うっすよと指摘したら、やっぱダメかあと視線をさまよわせる。
「そりゃヒッポグリフがいいなら、おまえは一発合格だろ」
「うーん、まあなんとかなるでしょたぶん、じゃあ僕行ってくるね」
僕の活躍しっかり見守ってくれよと言い置くと、挑戦しますと受付に進んでいくものの、本当に大丈夫なんだろうかと不安に思いつつ、両手で手を振ってくれるので、頑張れよーとローランも手を振り返してやっている。
開始の合図と共によーしいっくぞーと元気な明るい声と共に、走り出すピンク色のおさげ髪を眺めて、おお流石にライダーだけあって跳躍力はすごいなと高みの見物、いやこれに関しては港側からだから、客船を見あげるのはこっちなんだけど。
「ああそっちはダメだろ次、早く次に行かないと」
現地に立つとわかりますけど、実際に沈んでいく船を見るとどこから進むか迷うもんすよと指摘する。
「そもそも八艘飛びの船っていうのは、沈没していくわけじゃないし」
歌舞伎になってるんだろと言うローランに、めちゃくちゃではあるけど、アトラクションに採用される程度には有名らしいっすねと返す。
一度だけ見に行ったことあるんだ学校の課外活動で、となんとなしに話して聞かせてくれた。古典芸能に触れるっていいことじゃないですかと返すと、まあほとんどの生徒は、開演して三十分以内に寝てたんだけどね目を伏せてつぶやく。
「人気の物語なんすよね?」
「語りが現代語じゃなくってさ、なに言ってるかわかんないから、内容も頭に入ってこなくて」
そうなるとみんな退屈になってきて寝るんだよ、わたしも記憶があやふやでと視線を逸らしつつ言うので、いやマスターの場合は生来のものではと疑問を投げかけると、それはいいんだよ平家物語の話ねと話を逸らされる。
「牛若丸さんの話を教えてくれるんすか?」
「ううん、実は敵の武士に知盛って人がいるんだけど」
平知盛は没落していく平家の中で、最後まで残った勇猛な武士として有名なんだよね、彼が主演みたいな回があるんだよ。
「壇ノ浦の戦いでバッタバッタと敵を薙ぎ払ったんだけど、いよいよ敗戦が濃厚になったときの退場する姿がさ、かっこいいんだよね」
「どんなだったんすか?」
「敵に討ち取られるくらいならばって、船の碇を振り回して最後には自分の体に結びつけて、船から飛び降りるの」
派手なシーンだから覚えてるんだよねとマスターはそう言ってた、確かに負けるにしても華のある最期ってのは、確かにカッコいいかもしれないなあと思ったりした。
「散り際の美学っていうんすか、なんか日本じゃそういうのも大事だっていうんで」
「まあ確かに、できるだけカッコはつけて終わりたいもんだよな」
その気持ちは確かにわかるぜ、どうせなら派手に華を飾りたいとつぶやくので、そこはお互いさまっすよとなんとも言えない空気になったところ、派手な音と水飛沫を立ててアストルフォが上から落っこちて来た。
「うわあ、ダメだった」
でも惜しかったぞとローランに引きあげてもらい、濡れた相手にチャレンジャー用のタオルを渡すと、ありがとうと受け取って体を拭いていく。
「見てる側だといけるでしょって思ったんだけど、目で追ってるよりも圧倒的に沈むのが早い!」
これで本当にクリア条件が楽になったの、嘘じゃないのと半泣きでたずねるアストルフォに、初めてだとそうなっちまいますよね返す。
「よしじゃあ、次は俺が行くか」
アストルフォの仇は必ず取ると言い切って受付に向かう相手に、いや死んでないぞと的確にツッコミを入れるが、頑張って来いよと本人は受付へ進む背に声援を送る。
「カッコよくクリアしろ」
おうともと元気と笑顔が眩しい騎士の返事を受け、頑張ってと海水でベタついた髪を絞っているので、あんまり引っ張るのはよくねえっすよともう一枚タオルを差し出す。
「ありがとう」
僕も水着で来たらよかった、それはセイバーの霊基ならよかったんだろうなあと言うので、まああの格好なら確かに違和感ねえでしょうけど、暑いとはいえ北極の水は冷たいっすよと指摘する。
「確かに、氷に覆われてるしまずいか」
開始の合図と共に軽々と船の船首に走り出し、次の船へと飛び移る。気のせいか着地音が他の挑戦者よりも大きく聞こえる、というか甲板そのものがなんか凹んだんじゃ。
「アトラクションって、サーヴァントに耐えられるようにできてるよね?」
「そのはずだけど」
「でもローランって、重いじゃん?」
重量と跳躍によるスピードが着地時に両足に集約される、となると計算上それなりの圧がかかる、宝具とまではいかずとも砲撃と変わらないんじゃないか。
「もしかして、下手すればローランのジャンプで船沈む?」
「高さと着地の力次第だろうけど」
船として駆動させるつもりだったなら、ある程度の強度は保っていただろうけど、あれは最初から沈めるために作られた仮の足場だ。
「ローラン着地に気をつけろ」
わかったといい笑顔で返してくるけど、たぶんわかってねえなあれ、どうします中断してもらいますかと指摘するも、全力で飛ぶあいつは止めらんないだろと困ったようにつぶやく。
想像以上に身軽ではあるらしくって、残り三艘というところまで迫ってくるものの、甲板に飛び移った瞬間に、一瞬だけ姿が消えた。
どこいったと周辺の海を探すと、ついに大穴開けっちゃったぽいと指さされた先では、木製のデッキから下へ落ちたらしい相手が這いあがって来るのが見えた。ほんの少しのタイムラグではあるし、まだ間に合うかと次の船の着地点を探っていたようだけど、これはどう考えても飛び移る最中に落ちるだろう。
「このあたりが潮時か」
いくぞとアンカーを取り出し船主に立つと、高らかに宣言する。
「よし、じゃあ退場だ!」
両手で掴んだ碇と共に海に落っこちていくローランを見つめて、なにあれと引き気味のアストルフォに対し、いや歌舞伎の真似なんでしょうけどね、リアルでやったら盛大な入水自殺じゃねえかと思わず叫ぶ。
今まで見た誰よりも派手な水飛沫をあげて海へ落ちていった、救護班も医療班も呆然としてるし、意味わかんねえよなそりゃ。足を滑らせて落ちる者はいても、自分から飛びこむのは珍しいだろうし。
「ねえねえ、ローラン浮いてこないんだけど?」
大丈夫かなと港のへりから様子をうかがっていたアストルフォに指摘され、あいつ碇持ったまんまかよバカなんじゃねえの、救援に向かおうか、いやプロに任せたほうが、とまごついていた矢先に、付近の海面から顔を出しておおーいと手を振ってくる。
「あっ無事だった」
「当たり前だろ」
まさか本当に死んだりはしないぞと笑顔で返すので、見てるこっちはハラハラしたんだよと叫ぶので、すぐ戻ると手を振って泳いで帰ってくるものの、ちょっと不安なことが。
「あいつ、さっきまで手袋つけてたっすよね?」
「えっ」
死ぬかと思ったと自力で泳いで戻ってきたローランの前に、慌てて駆け寄り持ち出したタオルを投げつける。
「なんでおまえ全裸なんだよ!」
「いや泳いで戻るのに、邪魔になるかと思って」
下は海なんだ、おかしくないだろといい笑顔を向けられるが、このバカと叫ぶと同時に頭を小突く。
「早く霊基を戻せ、公共の場だぞ」
「ええー」
なんで不服なんだよ、もう海からあがったんだから服は着ろ、テーマパークで警察沙汰はダメだろ、騎士の名前に傷がつくと叫ぶも、まあ俺の名前は大体あってると平然とタオルを巻くところから始める。
「まあ修正処理はギリいらないし、大丈夫じゃない?」
「なんすかその判定」
やっぱあんたらわかんねえ、陽キャ騎士の住む世界は違いすぎると頭を抱えることになった。
「マンドリカルド氏も諦め悪いですな」
何度目かの挑戦失敗を見ていたらしい黒髭に、もうやめとけって言いたいんですかとたずねると、いいや誰もそんなこと言ってないでしょと平然と返される。
「開発者が難易度をバカ高くしすぎたとか、ボスが延々と最強行動し続けるとか、属性対策すると発狂モード入るとか、確率でチュートリアル戦なのにゲームオーバーとか、二度とやらねえとか言いながら、それでもやめれねえのが人の性なのよね」
傍目にはバカバカしく見えちゃっても、本人が真剣にやってることに対しては口挟みませんぞと、むしろちょっと応援したくなっちゃうと、反対に飲み物の差し入れまでくれた。
「そういえば、こっちも話題になってましたぞ」
「全裸のセイバーが現れたって?」
「いいや、癖になってきたってインタビューがパークニュースに流れてて」
あれマンドリカルド氏でしょと指摘され、なんで俺だと思うんですかと聞き返せば、こんな鬼周回してるのあんたしかいないじゃないの、有名人ですなあと茶化してこられるので、そんなんじゃないんでと別の話を探す。
「あーそうだ、海賊船のほうはいいんですか?」
「多少は改善されたっぽいんで、もう拙者の出る幕は終わったかなと」
微妙な面白さになって誰の記憶にも残らないより、派手なクソゲーのほうが後に伝説になったりするしね。次にもし海賊船エリアやるなんて話なら一から協力するということで、まずキャストにワルキューレの皆さんをと、いつものデュフフしてる顔で言うので、それさえなければ多少は格好ついたのになと残念に思う。
「まあ頑張れよ、クリアしたら祝杯くらいあげてやるんで」
「そうっすか、ならちょっとはいい酒開けてくださいよ」
合法でもダメなもんはダメ
「はじめちゃん、お疲れさま」
「はーい、お疲れさん」
今年の夏はキツかった、なにがって水着でも夏用の装いでもない自分に、エネミー討伐への適正があると想像していなかったからなんだけど。
「それでね、次の調査についてなんだけど」
しばらくはお休みだって聞いてるし、それはきみもそうでしょ? 仕事はあったほうがいいけど、忙しすぎても壊れていくものだしさ。
「次の特異点、邪馬台国なんだ」
「へえ、そうなんだあ」
「次のレイシフト適正、間違いなくあるよ」
「いやですけど?」
あんなトンチキ世界にもう一回飛ばされろっていうの、もう一回米作りしろってことかい、農家さんに全力で感謝と尊敬の念を贈るから、流石に勘弁願いたいんだけど。
「そのトンチキ時空で召喚に応じたの、はじめちゃんでしょ?」
「あんなことになってる、なんて誰も思わないじゃない」
とはいえそこを突かれると流石に困る、この身は彼女を支えるために存在するわけだし、死地に赴くというのならばついて行くつもりではいるけども。
「そんなはじめちゃんに差し入れ」
「へえ、わざわざありがとう」
どうぞと渡された袋は思ったより重量があった、一体なんだと思いつつ中身を確認すると銀色の缶に入ったジュースらしい。
「これは?」
「エナジードリンク」
「それ仕事する人間に、差し入れで渡しちゃいけないヤツじゃない?」
これ飲んで更に頑張れって意味でしょ、こういうのって元気の前借りだって言うし、クライマーズ・ハイ状態を無理に作り出そうってのは、やっぱ体に悪いのよ。
「元気にはなるよ」
「とはいってもねえ、人間用の飲食物ってサーヴァントに効くものかな?」
疑うならまず一本飲んでみればと言うので、そこまで言うんならいただきますけどと、缶のプルタブに指をかけて空ける。香り自体は化学的に作られた甘い匂いだけど、どんな味がするのか想像もつかない。
彼女が勧めてくるんだから、怪しいものではないだろうと思いつつ、見たことない文字に首を傾げながら中身を飲むと、まずくはないが形容しがたい風味を炭酸で誤魔化しているような、そういった味だったが、問題は飲んで速攻でかかったスキル効果のほうだ。
「なにこれ?」
「飲むと各種攻撃アップとNP取得量アップと、回避とガッツ効果がつくよ」
「ドリンク一本で手早くついていい効果じゃなくない?」
これどこから出てきた代物なの、明らかにカルデア由来のものじゃないでしょと問い詰めると、大丈夫だよちゃんと世界的に流通してるものだよと答えるので、それはどこの世界での話なのと念のために聞き返す。
「人類が滅んで一万二千年後の世界で、スポーツバトル中にプレイヤーが決めるドリンク」
「絶対それ人用じゃないよね」
というか人類史を守る立場でしょうあんた、なにしれっと破壊された後の世界から、非合法っぽいブツを密輸入してくれちゃってんの、こういうのは処分しないといけないんでしょと苦い顔で言えば、違うよそういうゲームがあるんだってと無実を主張してくる。
取得すると一定時間無敵になるとかパワーアップするとか、そういう特別なアイテムとして、移動速度や攻撃力みたいな対面の性能をあげる飲み物が存在したらしい。なんて話を雑談としてしてみたところ、パラケラスス氏が興味を持って開発したという。
「あの人の作る薬品って、結構ヤバいって噂だけど?」
「大丈夫、ちゃんと他のキャスター系のみんなに監修してもらって、問題なしって判定を受けたものだから」
これ飲んで今後も備えようねと言う少女の瞳に光はなく、やっぱ飲んじゃダメなものじゃないとたずねれば、大丈夫だって私も似たような林檎をよく食べてるけど、なにもないしと平然と返ってきたので、そういうのは程々にしておきなよと釘をさす。
「ともかく、これに頼るのはダメ」
「せっかく作ってもらったのに」
「いや効果がバグってるから、日常的に服用していいものじゃないって話」
元気の前借りって、要は肉体の限界を錯覚させてるわけでしょ、そんなもん日常的に使っていたらいつかしっぺ返しを食らうって、相場は決まってんの。
「どうしようもないくらいヤバいときの、最後の手段にしておきな」
「じゃあ緊急時用に保管しておくね」
できれば使わない方針で頼むよ。
「マスターちゃんも、あんまり使いすぎちゃダメだよ」
あとがき
夏イベの最中か、あとがきが強い話でした。
2022-08-15〜2022-09-12 Twitterより再掲