今日の小説まとめ2
はじめちゃん絆10記念
流れが悪い、戦場にマスターを残して撤退なんて真似はできないが、そうは言っても自分一人で状況を打破できるほどの力が自分にあるか。
「結構やばいんじゃない?」
「うん、令呪はまだ残ってるけど」
「俺がどうにかするんで、令呪はいざってときに取っておきな」
向かい合う浮かぶ燃えるような殺意に対して、あくまでも静かに対峙する。刀を振るうのに余計なものは不要だ、ただがむしゃらに振るうのみ。
相手の動きに流れるように合わせて一撃を打ちこむ、返す刀より先に振るわれるもう一刀による斬撃は、相手の速さを凌駕して確実に急所を貫くように斬りあげる。退かせるのではない、なんとしてもここで殺す。
相手に反撃の隙を与えずに断続的に刀を振るい続ける、斎藤の剣は無敵の剣、勝てない相手には挑まないのが主義、であるならば立ち向かうと決めた相手には勝つのが当然、だから大人しく死にな。
相手が噴き上げた血の色を確かめるよりも残忍に、確実に息の根を止めるため刀を突き刺して霊格を破壊する、消滅が始まるまで息を止めていたのはこれで終わらなければ最後にもう一太刀を構えていたからだ。
振り返ってマスターに微笑みかける、ずっと気を張ってたであろう彼女が少しでも安心できるようにと思ったのだが、気が抜けたのか緊張の糸が切れたのかその場に崩れそうになる彼女に急いで駆け寄り、なんとか体を支える。
「ちょっとちょっとマスターちゃん、せっかく勝ったのにあんたが倒れたら僕の負けだよ」
「ごめん、ちょっと疲れちゃって」
もう落ち着いたからと話す彼女に無理してるなら、ちゃんと言ってもらっていいんですよと返す。
「ありがとう、はじめちゃん」
いつもありがとうと普段通りの眩しい笑顔に戻った相手に、そういうのやめときなよと頬を摘んで返す。
「じゃあまたな」
いつでも呼んでくれて結構ですからと頭を撫でて戻る、影のような身に許されたことなんてこの程度だ。
「マスターってもの好きって言われません?」
戦線から離れて戻ってきた彼女に声をかけると、どうしてと首をかしげられる。
「いや、ただの剣士をここまで重用してくれるなんて思わなかったもんで」
伝説に語られるような聖剣を持たず、神やら妖精やらの加護を授かったわけでもなく、剣術の境地に到達したわけでもなく、ただ愚直に剣を振るうことしかできない下野の剣士、密偵みたいな仕事ができないでもないけど、まあそれほど重用される職能でもないでしょうに。
「もしかして迷惑?」
「いいえ、こんなに頼ってくれるのは僕としちゃ嬉しいですよ」
きみの役に立てるのはこの身の誉だからね、とはいえこの間みたいなのは心配するかな、追い詰められて僕だけって、そういうときってもっと別の人のほうが頼りになるんじゃない。
「はじめちゃんは無敵なのに?」
なんの疑問も抱かずただ当たり前のように口にされた言葉に、そんなふうに言われちゃ無敵でいるしかないねと返す。
「精々うまく使ってくださいよ、きみのはじめちゃんをさ」
「土方さんに怒られない?」
「大丈夫なんじゃないあんたが本丸だって言ってたし、だから僕も本気で守りますよ」
自分だってマスターに心を傾けている、かつてがむしゃらに走った自分を重ねてしまう、ただ必死に生きようとしている姿を見ていて僕なんかは思うのだ、彼女の行く先が戦場でなければどれほどいいか。
だから求められれば応じますとも、どんなモノであろうとも斬り進みましょう。
最後まで守りますともきみだけはなにがあろうとも、地獄の果てだって、理想の果てだってついて行ってやりますよ、今度こそ。
疲れた人たちと童貞を殺すセーター
「童貞を殺すセーターってあったじゃん?」
「急にどうしたんです?」
疲れてるんですかとたずねると、背中がばっくり空いた袖なしセーターなんだけど知らないと反対に聞き返され、認知の差じゃないんですよと指摘する。
「そのセーターがなにか」
「ローランに着せるのに、ちょうどいいかなって」
「寝てないんすか?」
色々と考えたの、でもあの人なんか前触れなく脱ぐじゃん、それで思ったんだよね、理由なき全裸より理由なき裸セーターのがいいんじゃないかって、程よく脱いでて程よく着てるし、なんか丁度いい妥協点なのではと。
「それは妥協点じゃなくって、無理難題をふっかけられた後のギリ許せる範囲の内容に、なんか解決した気分で了承しちゃう、そういう心理的なあれっす」
程よく脱いでる時点で止めなきゃダメなんすよ、普通は。意味わかんないでしょ、なんで脱衣に程よさがあるんですか、脱ぐにしてもせめて上半身だけにしなさいよって話なんです、そんで解決策で上の服を着せるのも間違いなんです。
「そっか、ダメかあ」
「逆になんでいけると思ったんですか?」
「立て続けに全裸の男がいるって通報を受けたから」
全裸でなければいいのではと思ったんだけど、ダメだったかと項垂れるマスターに、やっぱ疲れてるんですねと同情する。
召喚したサーヴァントの主人である以上、彼等の奇行に対して監督責任があるのは理解できる、とはいえアレは彼女の手に余るものらしい、それにしても解決策はどうかと思うけど。
「実はミスクレーンに頼んでもう作ってもらってたんだけど」
「なんで誰かに相談しなかったんですか」
したんだよ新所長とかダヴィンチちゃんにも、だけど服を脱がせないのが無理なら、もう本人が満足できる格好をさせるのがいいんじゃないかってことになって、それでさ。
「作っちゃったのがあるのね」
「はい」
「さっき渡しちゃったの」
「事後報告だったんすか?」
今度から脱ぎたくなったらかわりにこれを着てねって、まずかったかな聞く彼女に絶対にダメだったと思いますよと返す。実際になんか通信鳴ってるじゃないないすか、これって間違いなく全裸の男が、ヤバい服を着た男に変換されたことへの呼び出しなんじゃ。
「マスター見てくれ!」
きみに貰った服を早速着てみたんだけどと朗らかな笑顔で登場した話題の男、ローランに対してうわあと感情の死んだ感嘆の声をあげるマスター、似合ってるだろうかと特に気にしたふうでもない相手が部屋に入るので、悪いけどいつもの服に着替えてあげてくれませんかと返す。
「せっかく着替えてきたのに?」
「いや、あんたが着てると変態っぽいんすよ」
なんかいい具合に鍛えられた筋肉の上に、繊細な編み物であるはずのニットセーター、飾り気は薄いけどこれどっちかっていうと女性が着るための服でしょ、それを男であるローランが着ればまあ、予想できたことのはず。それに明らかに短い裾からのぞく太ももからして完全な全裸にそれ一枚だろ、振り返ったらとか考えたくねえんだけど。
「似合わなかった?」
「ううん、ほぼ想像通りだよ」
確かにちょっとよくなかったかなとつぶやくマスターに、明らかに予想できた結末じゃないっすかとツッコミを入れつつ、とりあえずそれはやめときましょうよと冷静に返すと、仕方ないなあと早速裾を掴むのでおい待てと飛び出す。
「なんでここで脱ごうとする!」
「だって着替えろって言っただろ」
「だからって脱ぐな、なんか霊基とかいじってどうにかしろ、さっさとしろ!」
ええと不服そうな相手に、なんで脱ぐことに関してだけ正直になるんだよ、いいから早くいつもの服に戻せよと裾を掴んだ攻防が広がる。
「失礼いたします、この近くで御禁制な格好をした男がうろついていると報告を受けまして」
今すぐその者を捕らえますのでご安心くださいと言いかけた頼光さんの目が、急激に怒りに染まるのを見た。
「女子の部屋で、なにをしているのです?」
「貰った服を見せに来ただけなんだが」
「俺は、こいつに着替えるようにって」
「これは禁制、御禁制です!」
そう叫ぶと共に霊基が変わり水着へと変わった頼光さんを見て、後にローランはあれがよくて俺がダメなのはなんでなんだと語った。
疲れた人たちとTMRごっこ
「昔ね、風の強い日にT.M.◯ボリューションごっこしたんだ」
「それごっことして成立する遊びなんですか?」
風に向かって全力で歌いながら帰っただけと言う彼女に、ただのアカペラじゃないすかと返すと、そのとき友達が言ったんだよねと無視して続ける。
「アニキは自分で風を起こしてるから、強風の中に自分から飛びこむのは違うって」
「ちなみに強風って、どれくらいの風だったんですか?」
「台風で暴風警報が出たとき」
「危ないから早く帰ってくださいよ」
なんでその状態で徒歩で帰りなんですか、遊んでる場合でもないでしょと指摘すれば、でも授業がなくなってみんなで下校ってなんか楽しかったんだよねと言う。
「それでテンションあがって、大声で歌い出して」
「まあ、意味わかんねえけど楽しい気分のときって、なんかあるかもしれませんけど」
だけど心残りっていうか、わたしは学校からの帰りだから私服だったんだよね、でも本物はステージ衣装だから派手というか、印象に残る服を着てるの。
「たぶんみんながよく知ってる姿が、黒テープみたいな衣装で海上ステージで歌うやつなんだけど」
「それ衣服として正しいですか?」
面識ありませんけど、そのかたがそれを着る理由もなくないすかと聞けば、でもあの印象が強いとこも含めて記憶に残ってるし、アニキは短パン履いてるとき輝いてるって友達も言ってたしと続けるものの、テープって言われてる時点で短パンの域を出てませんか。
「でも一回くらい全力でやってみたいなって」
「女の子がそんな際どい格好するもんじゃないすよ」
だよね止められた、水着礼装とそんな露出度は変わらないと思うんだけど、まあ色々とダメだって言われちゃってさと不服そうに口にするので、それが普通なんですよ御禁制で粛清されたくないでしょと返す。
「それでね、思いついたんだけど、全裸修正に使えないかなって」
「もう修正って言ってんですよ」
開放感と修正部分とがいい感じに融合するんじゃないかと思ったんだけどなあ、と言う彼女にまさか作ったりしてないでしょうねとたずねると、えへっと誤魔化すように笑った。
「作ったんすね?」
「ジャストサイズで作りました」
「ミスクレーンさん怒ってません?」
「有名なステージ衣装ですって言ったら目を輝かせて作ってくれたよ」
あの人のツボの入りかたもわけわかんねえな、なんで楽しくできるんだそれ。
「だから今日のシュミレーターは海なの」
「せめて水着サーヴァントのためって言ってくれません?」
そろそろ夏だから水着系の人たちの実戦演習だって聞いてたんですよこっちは、それならばと一応は霊衣を夏に指定してきたのに。
「おーいマスター!」
これでよかったのかと笑顔で登場したローランに対し、本物っぽいと目を輝かせるマスターと、この間から感覚が鈍ってませんかと指摘する俺。
「でも目の前にしたら結構、着てない?」
「布面積だけで計算しないでください」
体のラインが全部出てるんですって、こいつの盛りあがった筋肉の線が。そして黒テープって言われる所以もわかりました、確かに全身に黒いライン走ってるからそう見えますけど、あなたが修正と言ったおかげでそれにしか見えなくなってきちゃったじゃないですか。あと普段よりローランが平素よりデカイ、それなりの長身のこいつに厚底の靴は不要でしょう。
「よっしゃあこれで本気のTMRごっこができる!」
「いや、なんでそんな遊びに本気なんですか」
あの人の歌にはなんか人のテンションをぶちあげる効果があるんだよ、たまに聞くと元気になるの。
歌で元気になるならいいっすけどね、波打ち際で二人揃って歌わないでください、そいつは確かに生足ではありますが筋肉の塊が人魚姫を名乗っちゃダメです、あれが人魚だったらアンデルセンさんが泡吹いて倒れます。
「あれ、一体なに?」
「あーなんか、昔流行った歌の衣装だとか」
それあいつで再現する必要あると聞き返すメルトリリス改め、ラムダさんに対し本人たちは楽しいみたいでとだけ返す。
「馬鹿じゃないの?」
「我がマスターながら、返す言葉はないです」
「まあいいわ、そんなにトルネードしたいなら私が気持ちよく溶かしてあげる」
スターを差し置いて光を浴びてるのが、なんだか腹たって来たわと言いながらパーカーを脱ぐので、マスターは疲れてそうなので勘弁してあげてくださいとだけつけ加えた。
疲れた人たちとTMRごっこ2
「T.M.◯ボリューションに『魔弾』ってタイトルの歌があるの」
「この間のネタ擦るんですか?」
いやこの曲すっごい好きなんだよね、映研の子とMVがいいって話で盛りあがったことがあるのと話す彼女に、思い出話をするんなら周回やめて休憩にしませんかと指摘する。
「マンドリカルドは後衛だから休憩してるでしょ?」
「前衛の奴等に怒られますよ、無駄話するなって」
でも今日のローランの衣装はいつもどおりだ、召喚されたときの一番着こんでいる姿だから安定感となにより安心感がある、それならば今回は本当に気晴らしの話なのかもしれないと信じて、耳を傾ける。
「レトロチックなドラマ風の映像でさ、ずっと曲が流れていくの」
「感動できる内容なんすか?」
「娘に彼氏を紹介されたお父さんの話なんだけど」
ありがちと言えばそうですけど普遍的な内容なんだろうなとは思った、百年単位で時代が変われば状況は変動するだろうけど、結婚を前提にした男女と仮定すれば似たようなことは必ず起きるわけだし。
だけど好きな彼女が他の人のとこに行っちゃうって歌なんだけどね、と不穏なことを口走られるので、なんでまたその歌にドラマついてるんですかとツッコミを入れるしかない。
「疾走感があっていい歌なんだよ?」
「いや失恋の歌に疾走感とか必要なんですか?」
どうなんだろう失恋ソングなのか、そういう気分で聴くような歌じゃないんだよなあ、とにかくアニキの曲ってかんじなのと説明になってない話を聞く。
「なんかわかんねえんすけど、聞いてるだけだと俺とは相容れない立場の陽キャっぽいオーラを感じ取って、すでに拒否反応が出るんですけど」
そう言わずに一回くらい見てよ、絶対に面白いからさと話すマスターに、曲の内容はともかくドラマはいい仕上がりなんすかとたずねてみる。
「後半でお父さんが自分を改造して、ラスサビの辺りで腕からロケットランチャーをぶっ放すんだけど」
「レトロ風ドラマどこいったんすか?」
感動できる話かと思ったらただのギャグじゃねえかと返せば、そこからが面白いんだよと熱っぽく語る。
「それまで風貌が昭和の青年だったのに、ロケットランチャーの爆風と同時にいつものアニキの姿になるの」
ちょうどあんなふうにと指差す先では、アーチャーのモリアーティ教授の宝具がローランに炸裂し、無敵のはずのローランの衣服が破れていき、自慢の金剛体として知られる筋肉が上下ともあらわになる。
わかったローランは知ってたパターンだな、周りは急激な脱衣にすっごい困惑してるのに本人は堂々としてるし、マスターはなぜか急に歌い出してるし、っていやちょっと待て、ローランに向かって恋の骸はダメだろ絶妙に間違ってないけども、これなんかの精神攻撃にあたらないか。
「待ってくださいマスター、ねえちょっと、一回落ち着いて」
見てみなさいよあの教授を、目の前で起きたことがわからずにスタン入っちゃったでしょ、いつもの三割り増しくらい顔もしおしおじゃないですか、状況を説明してくださいよ。
「この曲ね、教授が取りこんでる『魔弾の射手』が元ネタになってるんだよ」
そこに脱衣をするローランを合わせれば、簡易的にアニキを再現できると思ったの、ほら見てよ最高の破け具合じゃない? なにより全裸じゃないし。
「全裸じゃなければ人の服を破いていいなんて法律はねえんですよ」
「だってローランの全裸衝動を抑えることが、わたしにはできないんだもの」
なんらかのトリガーによって発生するほうが精神的にも楽でしょって、歌うのをやめた瞬間から感情を失った人形のような目で言わないでください、めちゃくちゃ恐いんで。
「いやそれだと、ローランが戦場に出るたびに服が弾け飛びますよ?」
「いいんじゃない、需要と供給は合ってるよ」
ダメージ受けたら脱げていくって他のゲームにあるシュチュエーション、見てみたかったところもあるしなんて言葉に対して、そんなこと女の子が言っちゃダメでしょと頬をつねって止める。
「あとこれは指摘しておきますが、ローランと教授だとクラス相性の問題でこっち負けません?」
「大丈夫だよ、後衛にランサー仕込んでおいたから」
「俺は?」
「わたしの精神安定剤」
という名の対ローランの最適なツッコミ役という本音に、その役目はちょっと俺には荷が重いんですがと首を横に振るも、でも誰より一番的確な回答をくれるんだもんとあちらも首を横に振る。
「そうですか、では俺はこれにて失礼させていただきます」
マンドリカルドの来世にご期待ください、と言いながら座に帰ろうとした俺を引き止めるマスターに対し、すみません自分に精神安定剤が必要になるんで還らせてくださいと返す。
ちなみにスタンが入った教授の混乱が解けることはなく、ローランの宝具で勝利した。
マンドリカルドと赤い靴
「こんにちは」
「はあ、どうも」
突然ですがこちらをどうぞと、綺麗にラッピングされた箱を差し出されてえっと首を傾げる。俺は特になんも頼んでないっすよとミスクレーンさんに言えば、とあるかたからプレゼントです、お代などはすでにいただいてますので受け取りをお願いできますかと返される。
「えっと、中身はなんすか?」
あなたが持ってきたということは服かなんかでしょうけど、そうしたら靴ですよという。靴の箱にしてはそこそこデカイんですけど、というかサイズとかどこで量ったんだろと疑問に思ってると、以前に夏の装束を仕立てたときの採寸が残っていましたのでそれを元に作成いたしましたといい笑顔で返される。
「それでは失礼します」
「ああはい、お疲れさまです」
そうやって見送ってしまった自分を後になって呪った、なんで送り主を聞かなかったのかと。
「なにしてんだおまえ?」
「うるさい」
いや聞くだろなんでそんな姿なのかくらいは、そう指摘したら半分ほど涙目になった相手が睨みつけてくる。
「もらったんだよ」
そう言う相手が身につけているのは赤いブーツだ、ところどころ銀の装飾を施されたかなりメタリックなデザインの一品、それだけなら気分転換くらいに思うところなんだけど、問題は靴によって押しあげられた彼の身長だった。
普段なら少し見下ろす位置にある視線が、俺とほぼ同じ高さまで伸びている。ということは履いてる靴の底がそれだけ厚いわけだが、華奢なまでに細いピンヒールで震える脚が今支えられている。こんな重厚感ある物体をどういう構造であれば支えられるのか不明だが、まあとかく本人は不服そうに俺を睨んでくるので、辛いなら脱いだらいいんじゃないかとたずねる。
「じゃあ手伝え」
「なんでだよ」
「一人で脱げねえんだよこれ」
履くのは一人で出来たんだろと聞けば、部屋に落ちてたカードを指差すので、なんだよと不審に思いつつも拾いあげて中身を読む。
「これが無事に届いたということは、あなたはこの靴を履いてしまったんですね」
なんだそれと疑問に思いつつ先を読む、これはある童話を元にして作られた劣化コピーであり、本人の意思で脱ぐことはできないこと、ただしあくまでも劣化した物語であるため、聖職者の手にかかれば呪いは解けるのでそのような人に出会えることをお祈りしております。
「追伸、靴屋も呪いにかかりそうとは知らずに編み出してしまったものですので、製作者を恨むのはおやめください」
なんだそれと聞くと俺が知りたいと涙目で返ってきた、とかく呪いの類ではあるらしく蓋を開けた瞬間から履かなければならない、という使命感の下こうして装着して、結果として自分では脱げなくなってしまったようだ。
「なんでジャンヌさんとか、マルタさんとか、誰か呼んで来てくれ」
聖女の祈りなら解けるだろうという相手に、しばし考えてからもしかしたらだけどと提案してみる。
「一応な、俺も聖騎士ではあるし大天使の加護とかついてるから、祈れば脱がせるんじゃないか?」
そんなことできるのかと疑いの目を向けてくる相手に、ものは試しだって無理だったらちゃんと正しい聖職者を連れてくるから、おまえだって早いとこ脱げたほうがいいだろと指摘したら、確かにもう脚も限界だったと同意される。
「じゃあ失礼するぞ」
彼の前で跪き、そっと両手を取って祈りを捧げる。しばらく静かな時間が流れていたものの、なにも変化なしかと思っていた矢先に仄かに光りを発するとバチンという音と共に彼を戒めていた、金属の金具が全て外れるのが見えた。
「おっ、いけたんじゃないか?」
「マジかよ」
信じらんねえ、一人じゃビクともしなかったのにと驚きの声をあげる相手の片脚を取りあげて、ブーツの端を掴むとゆっくり下へずらしていく。
「うん、ちゃんと脱げそうだな」
もう立っていることも辛かったんだろう、バランスを崩しそうになる相手を支えて、戒められている物体から解放していく。
靴を履いていた部分は元の霊衣が溶けていたのか、膝下からの白い素足が現れる。
しっかりと筋肉はつきつつも細くしなやかなふくらはぎと、普段は隠されているくるぶしと足の甲、そして形のいいつま先に至るまで特に怪我をしているふうでもなく、ただかなり長い時間立ちっぱなしだったのが影響してか、力は入らなくなっているらしい。
片側を脱がせることに成功するより先に、椅子にでも座らせたほうがよかったなと思いつつ、なんとか片腕で相手を支えて不自然に釣りあがってバランスの取れてない片足からも、元凶たる靴を脱がせていく。
「ああ、よかった……ちゃんと脱げて」
「とりあえず贈り主は調べたほうがいいんじゃないか?」
腕の中でぐったりする相手に指摘したら、後日相談してみますと言い、脱ぎしてたブーツを元の箱の中に入れてくれとお願いされた。
「とりあえずあんたは座りな」
体を支えてやりつつ椅子に腰を落ち着けると、ようやく生きた心地がすると安堵のため息を吐いた、かなり長時間立ちっぱなしで脚がもう、言うこと聞きそうにないと力ない声で言うので、マッサージくらいならしてやるぞと返してやる。
「なんであんたが」
「まあ、よく世話になってるしたまにはな」
そう言うと相手の足を再び手に取り、つま先から足の甲にかけてじっくりと手で血流をよくするよう撫でていく、次いで足首からふくらはぎにかけても全体を包むようにして撫であげていけば、んっと軽く甘い声があがった。
「結構気持ちいいだろ? それなりに評判よかったんだぞ」
「聖騎士ともあろう人が、誰に対してこんな跪いた格好でやってやったんです?」
「まあ大体は仲間だよ、鎧に身を包む以上はどうしても血流とかは問題になってくる」
俺自身は派手な防具が不要な英雄ではあるが友はそうはいかない、疲弊する彼等または王のためになにかしら役立てることはないかと、身につけた術である。
「へえ、確かにそう聞くと結構、上手いよな」
「だろう、ほらもう片足もやってやるよ」
右脚を下ろしてから、今度は反対側に触れて同じように撫であげて痛みを緩和させ血の流れをよくするように心がけながら揉めば、こんなこと騎士さまにやらせて申しわけねえっすねと照れたように苦笑する。
「なんの、おまえは誇り高きタタールの王子、いや王だろう? むしろ当然の扱いなんじゃないのか」
そう言いながら足の甲に手を滑らせると、ふと見下ろしてくる相手の瞳が一瞬だけ怪しく光った。
「久々ではありますが、確かにこういう扱いは悪くないんすよね」
「気に入ったんなら、またやってやろうか?」
触れている感じあんたの脚は結構好きだな、馬を操る者らしいすらっとした筋肉の乗った細身でも丈夫な、それでいてそういう細工物であるかのような真っ直ぐで美しい脚だ。
そう返すとちょっと口の端を吊り上げてへえと意外そうに笑う。
「なんかもっと従順で可憐な女性が好きなのかと思ってたんですけど、もしかして勝ち気なタイプのが好みですか?」
「どうだろうな、可憐な女性はもちろん好きなんだが、こうやって無防備に脚をさらされると男女問わずちょっとクラッとこないか?」
普段は人前に出さないものだったろ、よほど特別な関係でもなければ他人にはさらすことのない部位、そんな中で魅力的に映るものを惜しげもなくさらされているとあれば、まあ気分はいいだろ。
「趣味悪いっすね」
「人のこと言えるのか?」
おまえこそ悪くないなって思ったんだろと指摘すれば、マッサージの話ですよ、あんたの手は温かいし力加減もちょうどいいってだけ。
「まあ二度とあれは履かねえっすけど、まあ普段から多少は高さある靴なんで、疲れたときにはお願いしようかな」
ついっと俺の手から離れて、顎の下に足の甲が当たるように持ちあげてくるので、こちらも口の端をあげて差し出された白く丸い甲に向けて、柔らかくキスを落とす。
「きみが望むんなら、応えようじゃないか」
ちょっと悪い顔をしていた相手は途端に顔を真っ赤に染めて、そこまでしろとは言ってねえよと足を引っ込めてしまった。せっかくだったのになあと思ったものの、もう大分とよくなったからと霊衣を編みなおしていつもの姿に戻ると、差出人不明の箱を厳重に紐で縛っていく。
「さっきの話、俺は本当にやってもいいぞ」
「はあ?」
「あんたの足が、結構好みだったってこと」
変態と薄く笑ってみせる相手に知らないのかと、むしろ聞き返す。
「脚の美しさは、それだけで人を魅了するんだぞ」
***
ヒールを履いた男の子からしか得られない栄養があるんです。
特に高いヒールを履いたときの足の甲が好きなんですが……ブーツだから出てないんだなあ。
あとがき
絆10到達この付近だったかと感慨深く思ったりします。
2022年7月23日 Twitterより再掲