幸せな朝の迎えかた

目が覚めたときに隣に人がいるというのが、こんなにも嬉しいものだとは。 昨晩、少し遅い時刻に部屋をたずねて来られて、こんばんは一緒に居てもいいだろうかと申し出られて、否など答えるはずもなく迎え入れて、今に至るのですが。こんなにも安心した顔で、眠られているのは非常に嬉しい。特別でもなんでもなく、当たり前のようにそばにいてくださることが、とても嬉しく思うのです。
時刻を確認すると、まだ慌てる時間でもありませんし、このまま寝顔を眺めて二度目なんて贅沢もいいかもしれませんね。ああでも、朝食を準備しなければいけないのになんて、怒られてしまってもいけませんし、後少しだけ。
そっと頭を撫でてみると、擦り寄るようにこちらに身を寄せられてしまうと、これはまだしばらく手放してあげられそうにないですね。
だって幸せですし。
「ん……」
少しずつ眠りが浅くなってきたのか、身じろぎする相手に思わず手が止まってしまいましたが、まだ完全に目が覚めたわけではないようで、ゆるゆると頭を振って弱い力で抱きつかれてしまう。 これは困りました、本当に起こしてあげられなくなりそうです。まだ安らかに眠っている相手の髪を梳いていく。もうそろそろ起きなければ、少し朝食が遅れてしまいそうですが、しかしそれがなにか問題なのかと言われるとそ腕もない。充分仕事には間に合う時間ですし、もう少しだけ。
「ん……あっ、ケインさん?」
「おはようございます」
目が覚めてしまったことが少し残念に思いつつ、挨拶をすると舌足らずの声で同じように返される。まだ覚めきっていない相手の瞼にキスを落とすと、甘んじてそれを受け入れられる。もしかしてまだ夢の中をさまよっているのでしょうか、頰や鼻先に順に口づけても嫌がる素ぶりもなく、フニャリと気が抜けたように微笑み返してくださいます。それどころか、笑いかけて更にキスをねだられる。求めに応じるために唇にキスをすると、首へと腕を回して抱き寄せられる。
角度を変えてなんども口づけを交わしていたところ、息継ぎのために一旦離れて、もう一度触れ合うようにキスしようとしたところで、ふと気がついたように首を傾ける。
「今日って、土曜だっけ?」
「いえ、水曜日ですね」
そう答えると、しばらくしてから慌てたように飛び起きる。
「なんですぐ起こしてくれないの!」
「まだ慌てる時間でもありませんから」
そんなことないですよと返すものの、起きあがってしまった相手に嘘でも土曜だと言えばよかったでしょうかと考え直す。
「そんなこと言ってないで、早くしないと遅刻しちゃうんじゃ」
「慌てなくてもまだ大丈夫ですよ」
でもとまだ強い語気で返す相手に引きずり起こされてしまう、せっかくゆっくり二度寝を楽しんでいたのに、まあ確かにそろそろ起床しなければいけない時刻ではありますが。
「そうでしょ、ほら、顔を洗って来て。朝食の用意してくる、から」
あんなふうに甘えてくださるのは、少し珍しいのですが、やはりまだ照れのほうが強いのでしょう。赤い頰を隠すようにして部屋を慌てて出て行った相手の言う通り、顔を洗い着替えを済ませてから下へ降りていくと、手際よく朝食の準備をしている。落ち着いたのか、それともやるべき仕事に集中しているのかわかりませんが、無性に後ろから抱き締めたくて仕方ない。
危ないと怒られてしまいそうですので、それはやめてかわりに手伝いましょうかと声をかける。
「え、大丈夫だよ。あとは、残っているスープ温めれば」
「そうですか、こちらは並べてしまいますね」
完成していたスクランブルエッグとベーコン、軽く焼いたパンの皿を並べていくと、完成したらしいスープを注いでくれた。
ここに来た時に比べて随分と家事周りのスピードも早くなって、本当に頼もしい限りです。
「どうかした?」
「ふふ。いえ、頼りになるパートナーがいてくださって、本当に心強いなと」
「そんな、大したことしてないけど」
なによりそばに居てくれるだけで充分なのですが、あなたは役に立たなければと身を粉にしてくださる、だから嬉しかったのです。ただそばに居たいと願い出てくれたことが、できれば今夜も一緒に居てくださると、更にいいのですが。
「それは!えっと……考えて、おきます」
「そうですか」
あなたが歩み寄ってくださるのなら、いくらでも待ちましょう。それができないないときは、私のほうから歩み寄りましょう。
それが幸せな朝を迎えるためなら、いくらでも。

あとがき
オンリーお疲れ様でした、忍冬葵です。
お声がけくださったみなさま、本当にありがとうございます。
とても励みになります。
2019年8月27日 pixivより再掲
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