チョコレートより甘く愛おしく
バイト先で詰め合わせのチョコレートが売れ残ったのですが、捨てるのは勿体ないからと安くしてくださったので、せっかくならばと皆さんにお土産として買って来たのですが。
「ねえねえ知ってる!チョコを食べるとね、好きな人とキスするより四倍幸せになれるんだって!」
さっき教えてもらったんだと笑顔で言うマルガリータさんに、その場に集まっていた方々の表情が固まったのは見えていないのでしょうね。
「あれ、なんか反応うっすーい」
「今この場でその発言をして、どんな反応を期待したんだ。むしろ、当然の結果だと思うが」
「そうかな、でもでも!カールもさ内心ドキッとしたんじゃないの?」
「実にくだらないな」
紅茶を飲み、自分の分のチョコレートを口に運ぶ彼は本当に動じていないらしい。見た目以上に大人なので、流石と言えばそうなのですが。
「だとしたらショックだなあ。あっ、でも子猫ちゃんたちにチョコレートをあげると喜ばれるのは、そういうことも関係したりして」
「そのような効果があるとは……菓子と侮っておりました!ああ、大御所様お口にされてはいけません」
「ヒデタダ落ち着け、これは単なる菓子だ。これ一つでそれほどの幸福に感じられる、ならば相伴に預かるのも悪くないと思うが」
「そうだぜ、美味いしさー。あ、お前の分いらないんなら俺が貰うぞ」
集がつかなくなりつつあるので、これ以上騒ぎが大きくなる前に分けて置いておいたチョコレートと紅茶の入ったポットとカップを手に、部屋へと引き上げようとした。
人混みを抜けるのは得意だと思っているのですが、出入り口付近で誰かにぶつかりそうになり、慌てて謝るとうつむいて立っていた彼が顔をあげる。
「あ……ご、めんなさい」
小さな声で謝るキセルさんに、怪我などしていないかをたずねると特に大丈夫だよとうつむきがちに返ってきた。食堂が騒がしいので、あまり気分が良くないのかもしれません。
「お茶を淹れてきましたので、部屋で少し休憩しませんか?」
「あっ、うん……えっと、じゃあ片付けてから、行くよ」
顔を伏せがちにして、そそくさとその場を離れる彼の背中へ待ってますねと投げる。振り返りざまにちょっと頷いたのを確認し先に部屋へ戻る。
カトラリーさんはまだ偵察任務から戻っていないので、彼の分は空き箱にしまっておく。食堂に置いておくと、誰かが間違って食べてしまうかもしれませんから。食べ物の恨みは恐ろしいと言いますが、まさしくのようで。
「た、ただいま」
戻ってきたキセルさんにおかえりなさいと返すと、カップへお茶を注ぐ。
椅子へ腰かけて小声でお礼を言う彼の分のチョコレートを差し出すものの、お茶には口をつけても中々手をつけようとしない。
「あのキセルさん、溶けてしまいますから」
「う、うん。そうだね……」
「先ほど、食堂でマルガリータさんのお話、聞いてしまったんですか?」
そうたずねると、目を伏せたまま黙って頷く。
「チョコレートを口にすると、恋愛感情に似た気持ちになれる、というのは本当だそうですよ」
とはいえ、別に惚れ薬のような成分があるわけではなく、麻薬のように危険なものでもない。単純に食べ物として、気分を向上させる効果があるかもしれないという程度。
「そのおかげで、ファンが多いお菓子とも言えるわけですが」
それだけですよと笑いかけ、一つ口に運ぶ。
「そっか。そうだよね……危なかったら、食べられなくなってる、よね」
「ええ」
ちょっと落ち着いたようで、自分の分を一つ口に入れる彼に、元気になるのならば良いのではないかと思いますと言う。
トリュフチョコレートと、中にイチゴのソースが入っている物と、砕いたナッツがまぶされている物と、食感も味も異なる物がいくつもある。一つ一つを幸せそうな顔で頬張っているのが非常に可愛らしくて、好きそうな物を先に選んでおいてよかった。買ってきたのが私とシャルルさんですし、お茶の準備もしたので選ぶ権利はあるだろうって優先させていただいたいて、やっぱり食べて欲しい人の笑顔は嬉しいものですね。
ただ、そうですね。
「私は、好きな人とキスする方が幸せだと感じますよ」
思ったことが口からそのまま出ていた、その内容が頭に入ってくるより早く、目の前にいるキセルさんの顔が真っ赤に染まる。
「えっ、と……あ、え?」
「ああ!あの、すみません」
何を口走ってしまっているんだと自己嫌悪に陥る間もなく、それならと身を乗り出して私の頰へ軽く触れるキスをする。近くにある彼の赤い顔を見るより早く、ため息混じりにその首へと腕を回して軽く抱き寄せる。
「ケインさん?あ、ごめん。嫌だった?」
「いえ、幸せすぎてどうしたらいいか……すみません、自分の失言のせいなのに、なんだかこんな、いいんですか」
「その、ケインさんが幸せだって思うなら、たまには、俺から、してもいいかなって」
抱き締める相手がおずおずと背中に手を回して、こんなことでいいんならと言うものですから、非常にいじらしくて愛おしくて仕方ない。
「たまにと言わず、いつでもいいんですよ?」
「それは……恥ずかしいから」
「では、私からしてもよろしいですか?」
ビクリと肩が跳ねたのでやはり恥ずかしいと答えるのかと思ったのですが、しばらく黙り込んでから小声でいいよと返ってきたので、熱っぽい頰を撫でると薄い唇に自分の物を重ねる。
触れ合う感触も、相手の体温も、全てとろけるように甘いと感じる。それは代えがきかない愛おしさがなせるものでしょう。私はあなたのそばに居れるなら、それで幸せなのです。
「チョコレートの幸福作用というのはダークチョコレートに限った話だ。ミルクチョコレートやスイートチョコレートはつなぎが多いので、カカオの成分が表に出にくい」
「えー、じゃあキスって苦いチョコレートに負けるってこと?」
なんかショックと言うマルガリータさんに、食品の成分なんてそういうものだろうと容赦なく切り捨てるカールさん、それを苦笑しつつも見守っているレオポルトさんに、何があったのかたずねる。
「いや、昼間グレートルがチョコレートで騒いでいたので、マスターくんから借りていた本で、チョコレートの項目を探していたんだが」
効果についてカールさんがみつけた結果が、先ほどの言葉だったらしい。わざわざ人の多い食堂を選んだのは、あの騒動の火消しを早く済ませるつもりだったのでしょうか。
実際に効果はあるので、なんとも言い難いんですけれども。
「ビターチョコかあ、別に嫌いじゃないけどさ。甘くて美味しいチョコの方がロマンチックじゃん?」
「まあ人気であるというのは少しは効果がある、ということでよろしいのでは?」
だよね!と嬉しそうに笑う彼に、あんまり甘やかさないでくれと呆れた口調で返すとお茶を飲み干し、すまないレオもう一杯くれないかと言う。
「じゃあファーストキスがレモン味っていうのも嘘?」
「当たり前だろう、そもそもキスに味がある方がおかしいんだ。あったとしたら、直前に口に入れた物の味だろうな」
そんな話を広めた奴のお相手が、レモンキャンディーでも食べてたんだろうと夢も希望もなく切り捨てる彼に、ロマンがないと頰を膨らませる。
「紅茶の味でしたからね」
「ほら、やはり飲み物の……ほう?」
呟いた声が拾われ二人分の探る視線と、周囲からの刺さる視線に、消失マジックはやはり取得しておいた方が良かったと心底思う。
「へえーケインさんも隅に置けないんだあ」
「あはは、いえ、その。忘れてはくれませんよね?」
今日はどうも失言が多くていけませんね。そんな気はしていないのですが、心持ち浮ついているのでしょうか。さて、どうやって逃げましょう。
「ケインがそういう話するなんて珍しいじゃん」
ロマンチックな話なら俺がいくらでもしてあげるよ、と笑顔で肩を掴んでくるホールさんに思わず冷めた視線を投げましたが、然程こたえてはいないようで。
「キセルはウチのキッズたちに捕まってるし、しばらく逃げられると思わないでよ」
という訳で座った、と空いている椅子に腰を降ろされる。まあ彼に聞かれていなかったのは幸いですが、これもまたいつまでもつことやら。バレたらしばらく口を聞いてくれないかもしれないですね。
「まだチョコレート余ってるよ、お茶のお供にどう?」
ついでに俺も参加させてと席に座るシャルルさんに、本当に逃げる隙を与える気はないのかと肩を落とす。
「ビターが残っちゃっててさ、これも美味しいんだよ」
「折角ですが、私は結構です」
差し出されるチョコレートの粒が乗ったお皿を遠慮すると、相手とのキスに負けるのが嫌と茶化されてしまう。
諦めて開き直ってしまいましょうか。
「残念ですが、その一粒に負ける程、気持ちは軽くないですよ」
恋人の前や、恋人に関することだと注意が散漫になってしまうくらい、キセルくんのことが好きなケインさんが見たかったんですが。
紳士はそんなミスを犯すものかと、頭の中で再三ツッコミが入りました。
今年の目標は、千銃士のイベントに出ることなので、それまでにいい感じのネタが降りてカッコいいケインさんが書けるようになりたいですね。
2019年2月3日 pixivより再掲