ティー・ロワイヤル

蝋燭の火を見つめている彼は、ほうっととろけそうな顔をしていた。
「どうかされました?」
それがなんだか不安で声をかけてみると、こちらを見てなんだか落ち着くんだと言う。
「蝋燭の灯りがですか?」
「えっと、蝋燭というよりも、火そのもの、かな。見てるとなんだか落ち着くというか、なんだろうね。火っていつまでも見てて飽きないから、好きなんだ」
そう言うとまた視線がテーブルの上に置かれた蝋燭へと戻る。
基地の灯りは限られている、電力が不足すればこうして蝋燭の光で過ごすこともままあるものの、そうすると彼は部屋で一人こうして眺めていることが多い。
別に何をするでもなく、ちらちらと動く火を眺めている。
膝を抱えているせいかどこか幼く映るその姿を見ると、なんだか気を引きたくなるのだ。

今夜もまた灯りは乏しい、食堂では蝋燭の灯りを使ってティーパーティーを催しているものの、そこに目的の人物の姿はない。カトラリーさんはエカチェリーナさんに誘われたらしく、隣で恐縮そうにしつつお茶をいただいている。
人の多い場所を苦手だと言う彼のことだ、幻想的な演出をしたって、人の視線や声には耐えられず、きっともう部屋に戻っているんだろう。
一人で蝋燭を見つめて心を落ち着かせているのだろうか、それはいただけない。
「そういうの、なんて言うか知ってるかい?」
調理場によく陣取っているタバティエールさんは、ティーポットと二人分のカップを用意する私にそう問いかけた。
「知っているか否か、それがなにか問題になりますか?」
「どうだろうねえ。あんた次第、としか言いようがないけど。ああ、角砂糖なら新しいのが上の戸棚にあるよ」
ほらと取り出してくれた彼に礼を言い、お茶の用意を進める。
「ライターは持ってる?」
「ええ、マジックで使いますので」
「そっか。まあ、あんまり危ないことはするなよ」
炎上マジックが失敗すると大変だろと言うので、練習する時は水場で行っていますからと返す。
「まあいいけど、あんまり無茶してマスターちゃんに心配かけさせるなよ?」
「……これでも、少しは上達したんですが」
そんなに信用なりませんかとたずねると、そういう意味じゃなくてさと溜息を吐くと煙草へと火を付けた。
「気を引きたいと思ってるのはあんた一人だけじゃないかもしれない、ってことは肝に銘じておけよ」
ここも人が増えてきたからなと煙を吐き出して言う相手に、ご忠告ありがとうございますと一言返す。
「それがわかっているなら、邪魔だてしないでいただきたいのですが」
「おっと、悪いがそれは無理な相談だねえ。彼は貴銃士の中だと貴重な煙草仲間なんだ」
こればかりは辞められないんでねと言うと、美味しそうに煙草を口へ運ぶ相手に小さくため息を吐く。
「あまり、食堂で喫煙されるのはよくないと思いますよ。特にお茶は香りが大切ですので」
それだけ言い置いて準備のできたティーセットを持って部屋へと戻った。

案の定、彼は既に部屋に居て灯り取りに使う蝋燭の火をじっと椅子に座って眺めている。
「キセルさん」
「あ……ケインさん。あの、お茶会、行くんじゃなかったの?」
「少し早めに失礼させていただきました。ところで、少しお茶を分けていただいたのでキセルさんもどうですか?」
手に下げたお盆を見て、ならいただこうかなと小さく返す彼の隣に腰かけ、用意したお茶を二人分注ぎ淹れ、少し待ってくださいと忠告してからスプーンに角砂糖を乗せる。
「こちらをご覧ください」
「え、なに……わっ」
ライターを近づけて火を付けると、用意した砂糖から青い炎が上がる。
私の手元でゆらゆらと光る炎を目を丸くして眺める彼に、ふっと笑みがこぼれた。
「え……これ、どうして?」
「あらかじめブランデーを垂らしておいたんです。砂糖が溶けたら、紅茶へ入れてお飲みください」
彼の分の角砂糖が載ったスプーンを渡し火を付けると、燃え上がる青い炎を見つめ、普段うつむきがちな黒い瞳に光が揺れる。
絶対高貴の光とは異なる、静かででもどこかうっとりとした不思議な色。
もっと見ていたいと思っても、角砂糖はすぐに燃え尽きて残ったブランデーと混ざった液体は紅茶の中へと溶けていく。
既に溶けてしまっていた自分の分の砂糖も紅茶へ垂らして、香りを楽しみつつ一口いただく。
「これ、お酒だよね?」
「フランベしてアルコールは飛んでいるはずですが、物足りないようでしたら少し足しましょうか?」
「ううん、大丈夫」
一口飲んで気のせいか体が温かくなったと言う彼に、それは良かったと返す。
「よろしければまた、お付き合いいただけますか?」
「えっと、俺でいいんなら」
「是非とも、お願いします」
微笑んで告げると、不安げな瞳が視線を逸らす。ああ、勿体ないなあと思ってしまう。

とろけたような熱い視線とその表情が、とても魅力的なので、できればもっともっと独り占めしていたいと思ってしまうのです。

あとがき
どうも、停電生活から開放されました葵です。
まだ被災中でpixiv見てる場合じゃない!という方も沢山いらっしゃるかと思いますが、葵個人としては停電中とかく「暗いの怖い!夜することがない!自分の、好きなキャラ達に、会いたい!」と蝋燭を見つめてキャラソン聴き続ける生活してましたので、開放された今、とりあえず作品をアップします。
2018年9月6日 pixivより再掲
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