ダブルフェイス
汗ばんだ背中を撫でると、あっと小さな鳴き声をあげて熱い息を吐き出す。
その甘い声に頰を釣り上げて、更に強く引き寄せるとやめてと心にもないことを言う。それはいじらしく可愛らしいところでもあるので、私としては構わないのですが。
「あの、ケインさん」
「どうしました?」
それはと真っ赤になって俯く彼の顎を指ですくって顔を上げた、涙を浮かべた黒い瞳が助けを求めるようにこちらを見つめる。
その顔、たまらないですね。
「どうしたんですか、キセルさん」
繋がった彼の体を下から緩く突きあげると、ひっと短い悲鳴をあげて仰け反らせる喉。そこに軽く歯を立てて、どうしましたと再度たずねる。
「言ってくださらないとわかりませんよ?」
「あの、あっ……あ、ぅう」
向き合う彼の顔が更に赤くなる。目を逸らそうとすればお仕置きとして、軽く揺すぶってやる。悲鳴をあげつつ、縋るようにこちらを見つめ返した。そうです、そのまま私を見て。
「あの、お願い、だから。もう」
「もう、なんでしょう?」
その口で教えてくださいと、浅い息を繰り返す唇に指で触れる。うっと声を詰まらせて、熱の籠もった目で見つめるだけ。誘われているのはよくわかっている、その目を見れば、言わずとも語っているのですから。
「う、動いて、ください」
「動くとは?」
どんな風にと尋ねれば、もういじめないでよと引きつった涙声で呟く。
「奥突いて、あの、気持ち、よくして?」
真っ赤な顔、震える小さな可愛らしい声のおねだりに答えるべく細い腰を掴んだ手に、彼の手が重ねられた。
「あの、それと、キスしたいです」
だめと首をかしげる可愛らしい人に、笑って返す。
「勿論いいですよ」
火照った頰を包み込んで呼吸を奪うほど深いキスをすれば、んっと愛らしい声をあげて受け入れてくれる。熱い舌同士を絡め合う合間に、律動を始めればひゅっと喉を鳴らして快感に震える体を強く抱き締める。
逃がしませんよ、あなたが望んだんですからね?
昼の時間を少し過ぎて、人も減った食堂で食事をとっていると、あれこれと楽しそうな声で話していた一団の中からねえねえと、明るい呼びかけが飛んできた。
「ケインさんは好きな人いないの?」
問いかけてきたマルガリータさんに、私ではなく隣に座る彼の方がびくりと体を硬くしたようだ。
「いますよ」
「えー!マジで、誰?どんな人?」
集団の中から体を乗り出して興味津々にたずねてくる彼に、名前は言えませんよと苦笑混じりに返す。
「いいよー!全然オッケー、ねえどんな人なの?」
「奥ゆかしくて、とても可愛らしい人ですよ。それに」
隣を少し伺うと視線を合わせないように、頰を染めたままうつむきがちに食事を続ける彼が、早くこの場から立ち去ろうとしているのを察して膝に手を置いた。
勝手に行かせはしませんよ。
「それに、なあに?」
「いえ、恥ずかしがり屋ですので、どこかで聞かれてしまったら、口を聞いてくださらなくなってしまうのではないかと」
「へえ、そんな人なんだ。あれ、でもケインさんが好きだってことは知ってるの?」
「ええ、私の気持ちはもうお伝えしましたから」
更に興味を持って身を乗り出してくる相手を制したのは、レオポルトさんだった。
「グレートル、もうその辺にしておきなさい、もうすぐ集合時間ですよ」
「ええー」
「マスターくんも待ってるだろう、ほらもう行きますよ」
「もうっわかったよ!また今度教えてね!」
「私の話でよろしいのでしたら」
ではと頭を下げるレオポルトさんと、大きく手を振るマルガリータさんを見送り、膝に手をかけたままの相手に視線を寄越す。
恨みがましい表情でこちらを睨みつけて来るので、嘘は話してませんよ?と小声で呟いた。
「そうは、言ったって」
噂になったらどうするのと尋ねる彼に、噂の一つ二つ増えたところでもう構いませんと返す。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
食器を片付けに立ち上がると、後ろに付いて歩いて来る彼の気配を感じた。少し機嫌を損ねてしまったでしょうか、でも私は本当に嘘はついていませんから。
可愛くて恥ずかしがり屋の恋人は、赤い顔を見せないようにうつむきがちに少し後を付いて来る。食堂を抜け、宿舎ではなく作戦室へ向かう廊下で人目が途切れた頃を見計らって、腕を引いて隣に引き寄せると更に顔を赤く染める。
素直ではないけれども、それもまた愛情表現の違いでしょう。いじらしいと言ってしまえば、その通りですし。
まだ誰もいない部屋に連れ込んで、壁と自分の腕の中に閉じ込めてしまう。それだけで真っ赤になってうつむく彼に、こちらを見てくださいとできるだけ優しく言う。
「私と恋仲であることを公言するのは、そんなに嫌ですか?」
「嫌っていうか、その。そういうことってあまり口に出して言うものじゃ、ないんじゃないかな」
それに、貴銃士でってどう思われるか、男同士ってどう思われるか、彼にとって不安の種は尽きないようで。でもそれは私とて同じこと。
「他の誰かに、あなたが取られやしないか、毎日ずっと冷や冷やしてるんですよ」
「だ、誰も、俺なんか、眼中にないでしょ?」
「心外ですね。私という人がいながら、誰も見ていないなんて」
四六時中、あなたのそばにいたくて仕方がないというのに。そう返せば、耳まで染まった赤い顔をまた下げようとする。
「キセルさん、いけませんよ?私の方を見ないと」
「あ、うう……」
「顔を上げてくださらないなら、少し強引な手段を取りますよ?」
返事を待たずに、彼の首筋へ顔を寄せ唇で触れる。時折、刺激を与える程度に噛み付いて、首筋へ舌を這わせていく。可愛そうなくらい小刻みに震え、快感から逃げるように背を仰け反らせるので、胸を押して更に壁際へ追い詰める。ドクドクと早鐘を打つ心臓を指先で感じて、こんなに好きだって叫んでくれているのにねと呟くと、ううっと恥ずかしそうにうめく。
かつてイギリスでは同性愛はご法度でした。発覚次第、裁判にかけられ治療として投薬が行われていたくらい、それは重い罪だったわけですが、聞けば日本は同性に関してはこちらのような罪はなかったというではないですか。
「まあ、だからと言って誰もが同性に好色を抱いたわけではないのだが」
互いの地域の風俗の話をしていた時、イエヤスさんは苦笑していた。
彼は気づいている、私とこの赤くなってうつむいている可愛い人が、恋人同士であるということを。むしろ、公言していないだけで一部の方は既に察しているでしょう。
カトラリーさんからは直々に「キセルに無理させたらダメだからね」と釘を刺されたくらいですし。それは彼に少し無体を強いてしまった翌日、私がつけた跡を見つけられてしまったからですが。キセルさん本人に指摘するのはやめてくださいました、むしろわざとやったことですので晒していただかなければ意味がないのです。
彼が公言するのを避けているのは、自身の羞恥心によるもの。これ以上、好奇の目に晒されるのは避けたいというのもあるのでしょうが、なんとも歯痒いものですね。
「胸を張っていれば、案外と受け入れられるかもしれませんよ」
「そんな、簡単に、言わないでよ」
彼と触れ合うのに、周囲を警戒しなければいけない。もっと好きな時に触れ合えればいいのに。
今だって、このまま熱に浮かされた彼を掻き抱いて滅茶苦茶にしたい衝動を抑えているのだ。15時からの作戦会議のためにそろそろ人が集まってくる、ならこうして彼を閉じ込めておけるのも、あと30分といったところだ。
昨晩分けたばかりの熱を思い出したのか、ほうっと情事の前のように惚けた顔をする彼に舌を出すよう促せば、素直に従ってくれる。
唾の滴る甘い舌を口に含んで絡め合うと、私の背中へ両手を絡めて抱き締められる。キセルさんはキスをするのが好きで、触れ合うものは勿論のこと、深いものだって夢中に貪ってくる。この積極的な一面がもっと現れてくれたら。ああでも、他の男に取られないようにしないと。
私に、私だけに夢中でいていただかなければ。
「ケインさん……」
「ふふ、続きはまた後ほど、ね?」
うんと聞き入れてくれる彼に好きですよと返すと、顔を染めてうんとまた小さく頷く。
「俺も好き、です」
耳元で囁かれた舌足らずな言葉に微笑み返し、頭を撫でて部屋の隅にある椅子へ連れて行く。しばらくそこで言葉を交わしていると、外から話し声が聞こえてきた。
「ああ二人とも、もう集まってくれていたのか」
恭遠さんの呼びかけにええと答える。
「食堂でご一緒していただいたので、これで全員ですか?」
「ああ、それでは始めようか」
そう言って広げられる地図、そこに記された記号の場所を通過する世界政府の増援部隊の足止めが、我々に与えられた仕事だった。
「奇銃の二人にはその機動性を生かして、前線の状況確認と相手の撹乱を頼みたい」
「かしこまりました」
その後も作戦会議は続く、今回の作戦を率いているのはドライゼさんらしく、彼を含めた別働隊が主力として敵の排除に向かうとのことだった。
敵の目を惹きつける、奇襲、撹乱、確かに我等の得意とする分野の仕事です。
現在、マスターが派遣されている主戦場への増援足止めということですから、余計に力も入る。
「入念に準備を重ねて、速やかに作戦に移る。質問のある者は?」
議論、地形を鑑みてこれで決定かと思われた頃、あのっと控え目な声で隣に座っていた彼から珍しく声がかかった。
「どうした?」
「ああ、えっと。ちょっと、気になるというか、今はこの峠の方で足止めの準備してるけど、その手前に」
そう言うと彼は地図の上に引かれた川の方を指す。
「ここの川、雨が降るとすぐに増水しちゃうって聞いたんだ。もしかしたら、昨日と一昨日の雨で上流のダムに、結構水が溜まってるかも」
そこの水位次第ではそもそも進路変更の隙を付けるのではないか、とのことだった。
「なるほど、地の利を活かすのは初歩的な戦術だ。では配置を変えた方が良いかもしれないな」
「確かにそうだな、とはいえ増水しているかどうかは先に見に行った方がいい」
「ならば、先遣隊として我々が確認しましょう。配置についてはその後、報告をもって決めていただければ」
そうしてしばらくまた作戦を詰めていき、決行案が決まる頃には一時間を超えていた。
「よし、では先遣隊は明朝に出立の準備を整えてくれ」
解散の号令と共に立ち上がり、部屋を出て行こうとする皆の中でドライゼさんがキセルさんに声をかけた。
「今回の作戦はきみのお陰でより精度が上がった、よく声をあげてくれた」
「あ、いえ……この間、基地で手伝いをしてて、偶然、聞いた話だったから」
それだけとうつむきがちに返す彼に、それでもありがたいのに変わりないと相手は頭を下げる。
「とはいえ、きみ達は前線での諜報活動もある。武運を祈る」
「あ、はい。ありがとうございます、あのドライゼさん達も、頑張ってね?」
あれなんか変かなと首を傾げる相手に、ドライゼさんは気にした風もなく、ただ笑ってああと返しただけだった。
「最近、キセルは少し変わったな」
「え、そっかな?」
「以前より堂々としている。我等のことも是非、頼りにしてくれ」
「……キセルさん、そろそろ行きませんか?準備、あるでしょう」
「あっ、ああうん。それじゃあ、またね」
控え目に別れの挨拶を交わして、私の後に付いて作戦室を出てきた彼の腰を抱き寄せる。
「ケインさん、まだ人がいるんで」
「嫉妬すら、許してはいただけませんか?」
そう言う私の胸を押しやって、そんなに心配しなくても大丈夫だからと相変わらず、見当違いの回答をくれる。
「俺のことは別に、なんとも思ってないよみんな。きっと、ただの仲間だから、ね?」
さて、本当にそれで済むんでしょうか。
私は心配で仕方ないんですよ。
作戦開始から既に五日が過ぎ、状況は膠着してしまっていた。
キセルさんの見立て通り、川は増水していた。とはいえ装甲車を使えば渡れなくはなかったため、先頭の部隊を急襲し、混乱している間に最初の増援についてはその一角で潰すことに成功した。
ただ第二、第三と分けて派遣してきた敵軍の進行にこちらも手を焼いているのは変わりない。
「向こうも足止めがやっとみたいだ」
双眼鏡を覗いて戦況を確認していた彼が言う。ここからは距離があり、援護には向かえないなと言う。
「そうですね、今からだと少々厳しいかと」
軍用銃ではないことは、こういう時に不便なものです。増援として駆けつけるには我々では力不足、次の部隊の進軍ルートを確認してその先に潜伏するのが良いでしょうね。
そうこうしている内に、遠くで不吉な音が鳴り出した。低い地響きと稲光が黒い雲を連れて空を覆っていく。
「一雨来そうですね、戻りましょう」
そうだなと彼が返事をするより先に、ぽつりと降り出した雨粒にどんどん足場が悪くなっていく、急ぎ走るものの、雨の勢いの方が強い。
「たく、雨にやられちゃどうしようもねえな」
潜伏用の拠点に戻ってぼやく彼に、それは相手も同じでしょうと返す。
このまま雨が強くなれば堤防の決壊も時間の問題でしょう。足止めされたのは両者共同じ。現時点から、別のルートへ向かったことは確認できたので、そちら側の陣営に後は任せようと報告はさっきしたところだった。
それよりもすっかり濡れてやられてしまった服の方が今は問題だ、湿気も高くまとわりつく衣服は気持ち悪いだけ。
「あーくそ、中まで濡れてやがる」
上着に染みこんだ雨水はそのまま下のシャツまで到達していたらしく、黒の上着を脱いでシャツの水気を絞る相手の透けた肌を見つめて、そっと手を伸ばす。
「待て待て、何する気だ?」
にべもなく払い落とされた手を、今度ははっきりと意思を持って湿り気を帯びた相手の肌へと添わせる。やめろと語気を強めて逃げようとするけれども、後ろから抱きすくめるように体を密着させると、諦め始めたのか抵抗は幾分か減った。
「ここ、どこかわかってるよな?」
「勿論。先ほど、作戦は一時中止、各自、拠点にて待機と連絡がありました」
ここに戻ってくるのは前線で見張りをしていた彼と私の二人だけ、そして雨の限り作戦は動かない。
「一週間近くこうして傍にいるだけでお預けされてきたんですよ?あなたも、そろそろ我慢の限界ではないですか?」
「そうだとしても、んっ!こんな時に盛るな」
「そんな冷たいことをおっしゃらず。我慢できないのは同じだと思うのですが」
濡れて張り付いたシャツの上から胸を撫でで、反対の手は熱を持ち始めた下半身をなぞる。唇を噛んで快感をやり過ごそうとする彼に、もうあと一押しかと首筋へ舌を這わせる。
「ひっ!ちょっ、ケインさ……んっ、おい、待てって。本当、ダメだろ、こんな」
「人のせいにしないでください、ちょっと触っただけでこんなに感じて、あなたも期待してるでしょう?」
服越しに硬くなった乳首を摘まみあげると、あっと小さく嬌声が上がった。可愛らしいその声をもっと聞きたくて、耳を甘噛みしてそこを舐ると、びくりと体を震わせて感じ入ってる。
「まさかとは思いますが、こんな火照った体で人前に出るおつもりですか?他の男の目にこんないやらしい姿をさらすなんて、襲ってくれと言っているようなものですよ」
「あっ!んん、誰のせいだと!」
「私のせいですよ?ならば、責任を取らせてください」
「はぁ……わかった、も、あんっ!わかったから!一回離れろって。服、脱がないと」
「それはダメです」
「ダメって、邪魔だろうが」
「ええ。ですから脱がしたいんですよ、私が」
嫌がる彼を引き摺るように寝床の簡易ベッドへ連れてきて、タオルを敷いたそこに座らせるとまずは膝近くまである彼のブーツを履いた脚を取って、片方ずつ脱がしていく。水を含んで重くなったスラックスを下ろして、下着を取り去った。
濡れて張り付いたシャツの下に映る肌とインナーの網目、つんと尖った乳首の輪郭を指でなぞるとんっと身じろぎして、体を逸らそうとする。そんな彼に笑いかけると、額に張り付いた髪をかきあげて溜息を吐く。
「あんた……趣味、悪いぞ」
「その趣味の悪い男に欲情している時点で、あなたも同じでしょう?」
白く細い脚に舌を這わせて、戯れに噛めばびくりと体が跳ねる。細くてしなやか、それでいながら筋肉のある形のよい男の脚は、何度触れても飽きない。彼の歩みを支えるその肌に浮かぶ水と汗を手でなぞり、見上げれば相変わらず眼光鋭く睨む目と合う。
「なあっ……もういいだろ、やるんならさっさと」
「それはお誘い、と取ってもよろしいですか?」
真っ赤になった彼がサングラスを外そうとしたところで、それを制する。
「なんだよ?」
「いつ通信が入るかわかりませんので、それはかけたままで」
「はあ!」
ふざけんなと叫ぶ相手が蹴りあげた足を掴み、肩へ担ぎあげる。衝撃で後ろへ倒れかける相手を支えて、いい恰好ですねと言うと、明らかに怒気を含んだ視線が突き刺さる。
普段の奥ゆかしさはどこへいったのか、でもまあ勝気な姿もまたいいですね。
「離せ、この変態野郎!」
「酷い言い草ですねえ、自分から足を広げておきながら」
「やりたくてやったわけじゃねえよ!ちょっ、いいから離せ、んぁ!」
既に勃起している彼の雄を撫でてやれば、可愛らしい声で鳴く。その声は普段よりもいささか低くドスが効いているものの、また違った艶があるように思う。
眼光鋭く睨みつけてくるけれども、隠しきれてない熱と欲が目の奥に混ざっているのを見て取り、口の端を上げる。
怒りと羞恥に性欲の油を注いで火をつけている、そんな熱だ。普段は顔を出さない、また違った甘い痴態の香り。この状況に煽られているのは私だけではない、組み敷かれている彼だって同じだ。
そう思うとなんだか余計に愛らしくなってきた、虚勢を張って睨みつけようと、あらがえない欲を腹に貯めていると思うと、もっと、もっといじめて可愛がってみたくて仕方ない。
「おい、その悪い顔やめろ」
指摘される程に顔に出ていたのだろうか?しかし、やめろと言いつつも頬はより赤みを増している。
「悪い男はお嫌いですか?」
濡れて透けたシャツの下に手を潜りこませてたずねる。インナーの上から撫でつける体は熱を持ち、身をよじって逃げようとする腰を押さえつけて、更に上へ上へと追い立てる。
「好き、ですよね?」
胸元まで伸ばした手で、硬くなっている先端を押し潰し、片方を摘まみあげると痛みと快楽から体を大きく震わせる。いじめるようにわざとゆっくりこね回してやれば、どんどん息が上がりそこに熱っぽい声が混じる。
漢気だとか人情家だとか、そういう人柄に惹かれ、かつそうありたいと願う彼がこの痴態を醸し出しているのだ。それを引き出しているのは私であるということだけでも、充分に満足してしまいそう。
「あっ……んんっ、なあ、んっ!ケインさん、もういい加減に、そんなとこばっかり、やめろって」
「さて、なぜでしょうか。よくないですか」
すっかり尖ったそこを爪で引っ掻くように刺激すれば、網目に引っかかって擦れるようで、唇を噛んで声を我慢している。そんなことをしても、体温が上がりうっすらと染まった体を前に、感じていないと判断する方が無理だ。
せっかく先をおねだりされているのですから、このまま可愛がってあげましょうか。それとも、もう少し焦らしてみようか。
「はぁ、ん……なあ、本当に、いい加減にしろって」
「いいじゃないですか、まだ止みそうにありませんよ?」
むしろ先ほどよりも雨足は強くなってきている、まだ楽しむ時間はいくらでもありそうだ。
つまり、もう少し焦らしても問題ない。既にこちらを見返す瞳には淫靡な火が絡んでいますが、もっともっと激しく求めてほしい。
周りのことなんて全て忘れて、作戦のことも、置かれている状況も全て置き去りにして、私だけを見てほしいのです。
「なあ、あんた……いつになったらその服、脱ぐつもりなんだよ?」
上着と帽子、そしてベッドに上がるタイミングで靴は脱いでいたものの、それ以外はほぼ乱れなく着ている私に、いい加減に脱げよと途切れがちの声で言う。
「服、濡れてるから……冷たいんだよ」
「これは失礼しました」
水気を絞ったとはいえ、肌に張り付いたままのシャツを脱ぎ捨て。名残惜しいですが乗り上げていた体を起こして、ズボンと下着を脱ぐ。
その間にのろのろと自分のシャツのボタンを外していた彼の手を制し、変わって私が一つずつ取って、水に濡れて張り付いていたそれを取り除いた。上気した肌を隠してくれないインナーの上から胸元から腹筋のラインを撫でると、いい加減にしろと自分で手をかける。
「たく、破れたらどうするんだよ」
文句を言いつつ、床にそれを落とすといよいよサングラスの他は何も身につけていない、白い肌が露わになる。
湿っぽい肌を合わせれば、そこから体温が上昇していくようで、覆い被さるように押し倒せばすぐそこにある彼の、理性のタガが外れかけている顔がある。
さて、どう調理しましょうか。
「寒い」
耳元でそう囁く相手の湿った髪をかき分け頬を撫でると、そのまま口元へ指を持っていく。しばらくじっとそれを見つめていたが、おずおずと口を空けて差し出された指に舌を絡める。
「んっ……むっ、ふぅ。んんっ」
「ふふ、無理しないでいいんですよ?でも、もし頑張ってくださるのなら、私もその分きっちりお返ししなくてはいけませんね」
薄らと開けた目に情欲が揺れている。今あなたが何を考えているのか、どんなことを期待しているのか、そんなことを考えるだけで欲に飢えた喉が鳴りそうです。
無理に押し開いてしまうこともできないことはないんでしょうけれど、苦痛より快楽に歪む顔の方が好き。
指の間をたっぷりの唾でもって舐め上げる舌を挟み、こちらからも絡めてやると少し息苦しそうなくぐもった声を上げるものの、それにも耐えて愛撫を続ける。
「ふふ、ありがとうございます」
名残惜しそうに絡む舌を舐め取るように口付けを交わすと、歓迎するように応えてくれる。やはりあなた、キスが大好きなんですね。でも、折角準備していただいたので、乾かない内に今は硬く閉じた蕾へと指を押し当てる。
「あっ!ふぅ……んんっ!」
入口を指で刺激してゆっくり中へ一本指を押しこめば、息を詰めてそれに耐えようとする。咥内を責めたててそれを許さず息を吹き込んであげれば、背中に彼の腕が絡む。
両腕で強く抱き締めて、爪を立ててくる。何度となく引っ掻き傷をつけてはそれを見て後で顔を赤くする彼ですが、どうしても追い縋ってくる姿が非情に扇情的なのと、後で恥じらう可愛らしい姿と、何度でも楽しませてくれるので、この傷は多いに越したことはない。
「はぁ、ん……くっ」
「すみません、キツイですよね。もう少しだけ我慢してくださいますか」
中を傷つけないように優しく押し広げていくのを、必死で耐える彼が僅かに頷く。それを見届けてから、腹の方にあるしこりをゆっくりと指の腹で擦りあげた。
「ひっ!ぁあっ、あっ!」
「ここがいいんですよね。ああ、そんな締め付けないでください、ちゃんとわかっていますから。ほら、解してしまわないと、ね?」
ゆっくりと、できるだけ優しく中を解していく。性急に責めたてては彼を傷つけてしまうかもしれない、何より、唇を噛んで耐える彼の硬く閉ざしたそこから、熱く甘く喘ぐ声が聞きたい。
前立腺を少し強く押し潰せば、ひっと喉を鳴らして目を見開く。優しく何度も撫でるだけで背筋を伝う快楽に小刻みに打ち震える体を、余っている左手で撫でる。
「はっ!ケインさん」
「はい、なんでしょうか?」
「なあ……頼むから。もう、早く」
「急いてはいけませんよ?ほら、ここもまだ準備が足りませんし」
ぐっと奥を強めに擦ると、喉をのけ反らせて大きく震える。そこに舌を這わせて、まだ受け入れるのはキツイでしょうと問いかける。
「そ、かもしれねえ。けど、わかってるだろ、作戦中だぞ?」
熱を吐き出してさっさと終わらせたいという彼に、すっと心が冷えた。
「嫌です」
「はあ!何言って、んんぅ!」
これ以上なにか言われる前に口を塞ぐ。
あなたの方こそ何を言ってるんですか?私とあなた、二人きりしかいないのに。折角こうして、誰の目もはばからずに触れられるというのに。ここにはいない誰かの目を、それでも気にしますか。
作戦中であることなど、百も承知です。通信が入るかもしれないとは言いましたが、残念ながら無事を報告した後に電源は落としている。だから邪魔が入るわけがない。
危ないことをしているというのはわかりきっていますが、意識させすぎたのが裏目に出ましたか。自分でけしかけておいてなんですが、ただの性欲処理として片付けられるのは心外です。
たとえ、気恥ずかしさからくる照れ隠しだとしても、許せませんねえ。
「早く終わらせてよろしいので?一度で満足できるとも思えないのですが」
強めに中をえぐると、あっと悲鳴を上げる。涙の浮かんだ目に私はただ微笑み返す。
「キセルさんはご自身で思っている以上に、性に貪欲なので」
「んっ……な、やめろって」
「否定はされないんですね」
「そんなの……ああっ!」
きつく締め付けてくる肉壁を押し広げ、中を確認する。そろそろ入れても大丈夫でしょうが、それでもいじる指は止めずに問いかける。
「私は、あなたの恋人ですよね」
「あっ?んなの、今更なに」
「確認ですよ。ただ性欲を満たすだけの存在でありたくないので」
わけがわからないといったようにこちらを見上げる相手の額へ、唇で触れる。
ほんの瞬間だけ触れ合う時でも、私は愛情を切らしたことはないのです。ましてや体を繋げるのに、情愛がないなどありえません。
「私の愛、受け入れてくださらないんですか?」
「そう、とは言ってない……だろ」
「ならば、受け入れてくれますか?キセルさんご自身で」
そう言うが早い、中をいじっていた指を引き抜き、彼の体を抱え上げると体勢を入れ替える。
小ぶりで可愛らしいお尻へそそり立つ竿をくっつければ、その意図することを汲んだ相手の視線が鋭さを増す。
「本当に、趣味、悪いぞ……」
「どうとでも仰って構いませんよ。それで、どうするんです?」
迷っていられるくらい耐えられるものでしょうか。こんなにももの欲しそうにしている体を持て余して、平気とは思えませんが。
「……ゴムは?」
「ここに」
上着のポケットに入れていたのを差し出せば、こんな時まで準備いいのかと呆れた口調で受け取り、震える指で封を開け私のモノへ付けてくれました。
そして体を少し浮かせて膝立ちになると、ゆっくりと息を吐いて腰を下ろしていく。
「んっ!うっ……くぅ……」
下でシーツを掴んでいた腕を取り、私の首へ導けばぎゅっと抱き締める。
耳元に唇を寄せるだけで、何をされるか身を硬くする相手が可愛くてしょうがない。
「ふふ、愛してますよ、キセルさん」
「んん!ばか、しゃべるなぁ」
そう言われましても、照れてきゅっと中がキツく締まるんですからやめられそうにないですよ。
「相変わらず、可愛い人だ」
「こら、んっ!ちょ、やめ……ぁああっ!」
戯れに首筋にキスを何度も贈れば、震える体に限界が来たのかがくりと膝が落ちる。一気に貫かれるのを声にならず叫び、震える彼をあやすように撫でる。
「あぅ、はぁ……うっ!んんっ、はぁっ、ん」
肩で何度も荒い息を繰り返すので、背中を擦ってさしあげるとそれにも感じてしまうようで、身じろぎして逃げようとする体を捕まえてしまう。
「どこへ行く気ですか?せっかく繋がったというのに」
「ん、だから、喋るなって……あっ!やめ、うごくな、あっ!」
「おや?やめてよろしいので、この間は動いてほしいとお願いされたので、てっきり欲しいのかと」
「ひっ!そう、だけど。ちがっ、まって、てっ!」
制止の声を振り切って突き上げると、体を震わせて感じ入る。とてもいい反応です、本当に普段とは違う。
この腕の中にいる時だけ見せる、私の愛しい子。
「はぁ、うっ……けいん、けいんさ、おねがい、待って。まって!ひっ!ああっ!」
強く奥を突きあげると、ビクッと大きく体を痙攣させて中の締まりがキツくなる。まさかもうイッてしまったんでしょうか。
私の肩に額を預けて浅い呼吸を繰り返す相手の顔をうかがい見ようとするが、いやだと弱い力で拒否されてしまった。
「キセルさん?すみません、少し調子に乗りました。あの、大丈夫ですか」
問いかけても反応はない。そのまましばし時間が過ぎ、ようやく顔を上げた彼はぼうっとしたまま落ちかかってたサングラスを取って、ベッドの脇へ置いた。
「キセルさん?」
「あっ……うぅ……けいん、さん」
サングラスが外れ、それまでとは一転とろけた口調で縋るように声をあげる相手が、ぎゅっと中を締め付ける。
「もお、やだぁ……やだ」
いやいやを繰り返しながらも、抱きつく腕の力は弱まらず、むしろ逃すまいと足が絡められる。こちらの欲を煽って来る痴態に、生唾を飲み込むとはふと熱い息を吐いて私の頬にキスをする。何度も繰り返される戯れに近いそれに、私も応えて唇を寄せれば歯を立てて噛み付かれた。
それなりの力が入っていたもので、思わず顔をあげると涙目のままこちらを睨みつける彼の顔がすぐそこにあった。
「ケインさんの、いじわる」
も、限界なのにと小声で続ける彼に、すみませんと謝り私からもまたキスを返す。
「あなたが可愛いので、ついイジメすぎてしまいました」
「うぅ、かわいくなんてない……」
「可愛いんです、とても」
もっともっとイジメて泣かせてみたい、私に縋りついてあられもなく乱れる姿を見てみたい。全てが全て、愛おしくて可愛くて仕方ないのです。
「これは、おねだりと取ってよろしいんですよね?」
絡んだ足も、抱き締める腕も、離すまいと締め付ける中も全部、私を欲していると言っているけれども、あえて彼に問う。
すると無言のまま一度小さく頷く。できれば言葉で聞きたかったものの、これ以上イジメてしまえば本当に泣き出しかねないので、素直に聞き入れましょう。
「あの……優しく、してほしいな?」
「仰せのままに」
いくらでも叶えてさしあげますよ、あなたが望むまま。
「通信が途切れたから何があったのかと思ったら」
「すみません、思ったよりも雨足が酷くて」
雨漏りしていた場所から急遽、機材を動かして片付けていたという嘘の報告をしつつ、自分のベッドで横になっている彼をうかがい見る。こちらには目もくれない、背中を向けて反抗のアピールですか。
「とにかく無事なら良かった。明日には天候も回復するだろう、また戦局が変わったら連絡するので待機するように」
「かしこまりました」
通信を切って、濡れた衣服を乾かしている一帯を抜けて彼の元へ行くも無視されたまま動かない。
「すみません、調子に乗りました」
「それ、さっきも聞いたよ」
かすれ気味の低い声で呟く相手に、返す返す申し訳ないと謝るが反応なし。
流石に寂しいので、彼の頭に手をやって今はもう乾いた髪を撫でる。拒否はされないので、そのまま触り心地の良い柔らかい髪が指の間を通るのを楽しんでいると、ケインさんはさと小さく声が上がる。
「俺に、なにを求めてるの?」
「なぜそう思うのです?」
「だって。この間から、なんだかちょっと意地悪するじゃない。まあ、いつもそうだけど……なんだか、ちょっと多くなったというか」
俺なにかしちゃったと不安そうにたずねる彼に、そういうわけではないのですがと誤魔化してみるけれども、それで引いてくれるつもりはないようだ。
「ケインさん」
「本当ですよ?」
「絶対、嘘……だよね」
ねえ何かあったと再度たずねる彼に、怒られても仕方がないことなのですがと前置きして、撫でていた頭から手を退ける。
「ご存知だとは思いますが、私は独占欲が強い気質です」
「うん、そうだろうね」
肯定されてしまいましたか。流石に、気付いていますよね。
「ええ、なので。あなたを独り占めしたいわけです」
「そんな大げさな」
「いえ至極真面目です。私はあなたを一秒たりとも誰にも取られたくない」
少なくとも、傍にいる時だけでも。心を寄せていていただきたいのです。
あなたが私だけのものであると思いたいのです。
自分勝手であることは承知の上でも、彼に邪な思いを持っているのは既に隠しようのない事実。その感情を暴走させてしまっているのも、また事実。
吐き出してしまえば、満たされてしまえばそれで終わるかと思いました。彼に思いを告げた時、それを受け入れてくれた時、初めて体を重ねた時、その折りに触れてこれで私の欲望も収まるだろうと。
浅はかでした。
人の感情、特に欲望と直結したものはそんな簡単に引いてはくれない。むしろ、破滅するとわかっていても突き進んでいくほどに強い力を持つものであることを、失念していました。
よもや自分が、そんなものを抱えているとも思っていなかったので驚きましたが。
そもそも私は猟銃ですから、気に入った獲物を確実に自分の手元に置かなければ気が済まないというのであればその通り。
「今日はもう、満足したの?」
「ええ、ひとまずは」
「そんなに心配しなくても、俺は、あの。あなたのこと、愛してるからね?」
本当だよと言う声がとろんとしている、疲労から睡魔に襲われているのでしょう。ゆっくり休んでくださいと、体に毛布をかけてあげるとうんと目を閉じて静かに寝息を立て始める。
その寝顔に満足すると共に、また不安も押し寄せてくる。
気をつけておかないと、彼は自身が評価している以上に人目を引く。
紫がかった艶のある黒髪とそれに映える肌の色、自信が無さそうにはにかみ笑うそのいじらしい表情。普段からうつむきがちな彼が、人から話かけられた時にそろりと向ける上目使い、それらがどれ程に劣情を煽るかわかっていない。
庇護欲と同時に嗜虐心をくすぐられる。今すぐにでも触れて、また熱に浮かされとろけた可愛い顔を見たいと思う。
サングラスをかけ作戦へ出向く際の、あの強い眼差し、勝気に笑う口元もまた違った美しさをまとい。何より、支配欲を掻きたてられる。
普段からは想像できない大胆な振る舞いも、低く、そして口調すら変わったあの状態で嬌声をあげさせる時、たまらなく彼を我がものにしている気分に陥る。
彼が心を最も許しているのは自分であるという不動の事実が、何よりも私の欲を満たしてくれる。
ただ同時に嫉妬もする。この可愛い子が少しでも、他人に対して微笑むだけでも心にもやがかかる。誰かに触れる一瞬の接触だけでもダメだ、許せない。すぐにでも引き剥がしたくなる。
長らく物として存在していた自分の中に、こんな相手を支配したいという強い欲望があるなどと思ってもみなかった。
彼がそういう欲を湧き立たせる程に強い魅力を放っているから、とも考えられるものの。どちらにせよ、縛り付けて心を意のままにしたいと思っているのに変わりはない。
疲れ切って私にしなだれかかるようにして眠る相手の顔や首筋、そして体のラインを撫でて、くすぐったそうに身をよじる姿を眺めてふっと息を吐く。
こんな乱れた姿を見せていいのは、私の前だけですよ。
キセルくん、オンとオフでえっちの時のテンション絶対違うと思うんですよ。
最初はそれスタートだったんです。
世界線を変えて色んな人で妄想を巡らましたが「紳士が実はドSで恋人を自分に縛り付けたくて仕方ない人だったら」という思いつきの妄想がバッチリはまって、ケイキセが出来上がってました。
ケインさんごめんなさい、でも凄く楽しかったです。
2018年7月13日 pixivより再掲