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 いいえ

堕落したぬるま湯の世界で

一人で入るには大きすぎる浴槽に、たっぷりと湯を張って少し手をつけて中の温度を確かめる。
少し温いかな、でも入れないほど冷たいわけじゃないかも。
「どう?できた」
「あ……うん、大丈夫」
浴槽から手を引いてタオルで拭う、乳白色に色付けされた湯からはミルクとバニラの香りが漂っている。
お風呂に入りたいって言ったのは俺だけど、まさか本当に用意してくれるなんて、別にここまでされる理由もないんだけど。
「きみが一緒に入ってくれるって言うから」
「あ、うん……俺にできることなんて、それくらいだし」
そう返すと、またそういう卑屈なことを言うと俺のほっぺをつねる。
「せっかく恋人と一緒にお風呂入ろうっていうのに、それはないんちゃうん?なあ、そう思えへん?」
「あう、ごめ、ごめん……というか、恋人って」
ええとと口ごもる俺に、流石に違うとは言わさへんと低い声で呟かれる。
「あ、あの。否定したい、わけじゃなくて、あ……まだその、慣れないと、いうか。実感がない、というか」
「ふーん、人と肌を重ねておいてまだ実感ないん?」
「ゴーストさん!」
真っ赤になって叫ぶ俺に、両手を軽く挙げてもう止めよと呟く。
「せっかく沸かしたんやし、早よ入ろう。な?」
「う、うん」
と言いながら服を脱ぐのを観察されるのが恥ずかしくて、なんとか脱衣所からゴーストさんを追い出して先に服を脱ぐと、軽く体を流してからバスタブに足を付ける。

全身浸かってもまだ余裕がある、広い浴槽の中で思い切って両手足を伸ばしてみるとめいいっぱいでもまだ向こうにギリギリ付かない。
西洋の人向けに作られたから大きいんだろうななんて思って、両足を抱えるようにして淵に頭を預けて温まっているとドアの外から声がかかった。
「キセルくん、そろそろ入ってええ?」
「うあ、えっと……うん、大丈夫」
それじゃあ失礼しますと声をかけ、相手が入ってくる気配を感じる。足を抱える腕に力を込め、なにをされても動じないようにしようと決めていた矢先。
「ふぁぁあああ!え、うえ、なに?」
「……そこまで驚く?」
だって急に首筋に冷たいもの当ったらビックリするでしょ、そう涙声で訴えるとごめんってと言いつつ、これと手にしていたものを差し出される。
「あ、アイスクリーム?」
しかも抹茶味、俺が前に好きだって言ったのだ。
「これを、お風呂で?」
「ええやん、ちょっと贅沢やろ」
そう思えへんと言いつつ持っていたスプーンを渡すと、俺がもたれているのとは反対側から浴槽の中に入ると、自分用に持って来ていたカップの蓋を開ける。
薄いピンクに赤い果肉が入った苺味のアイスを食べる彼に、本当に好きなんだねと言う。
「こないだもまた食べられてしもたから、そんなんやったらってとっておきに贅沢に食べたるって思ってな」
「また、勝手に食べられちゃったの?」
自分もアイスの蓋を開けて、温度で少し溶け始めたそれにスプーンを入れる。
「人のもん勝手に食うてんちゃうわ、ほんまに」
「そうだね」
「てか自分、何そんな縮こまってんの?」
遠慮せずに足広げればと言われても、これが落ち着くからとしか返せない。確かに、こんなに広いのにもったいないかも。

アイスをゆっくり食べ進めている間、伸ばされた彼の足の先が触れてびっくりしてもう退がれないのに後ろへ行こうとしてしまう。
それが不満だったみたいで、むっとした顔をすると伸ばされた足がまた絡む。
「あ、あの……ゴーストさん、ちょっと」
「なに?」
暖かい湯の中に居て血の巡りが良くなったのか、少し頰がピンクに染まった彼が楽しげにこちらを眺めてる。
恥ずかしいからやめてと言っても、嫌やと返ってくるだけだ。
「きみの恥ずかしがってる顔は可愛いんやけどな、ちょっと遠いねん」
「充分、近いと思う……けど」 だっていくら広いって言っても、二人で入ればそれだけ幅を取ってしまう。
「なあこっち来へん?」
「こっちって、えっと」
遠慮せんとと手招きにあってちょっと近づき、後ろを向くように言われて従えば、すっぽりと彼の両足の間に抱き締める形で収まる。
「あの」
「その座り方が落ち着くんやろ?ならこっちで」
そんなこと言われても、もたれかかれば彼の上半身に身を預ける形になってしまうし、そうでなくても触れ合ってる足とか、頭を撫でる腕とか見えないだけに余計に気になる。
「あの、ゴーストさん」
「ん?」
「アイス溶けちゃうから、その、食べてる間は、変なことしないでね?」
こぼれないように死守していたアイスのカップを押さえて言うと、そやねと簡単に引いてくれる。
「せっかく贅沢に食べよう思って持ってきたんやもん、溶けたらもったいないわな」
一口分、スプーンですくったそれを差し出してこられてなにと小声で聞く。
「よかったらと思っておすそわけ」
「でも、ゴーストさん食べたかったんでしょ?」
「一口交換、あかん?」
ダメじゃない、そう答えればそれならとスプーンに乗せた甘いアイスを口元に寄せられる。断る間もなく、一思いに口に入れると苺の果肉が中に入っていたみたいで、舌の上に残る。
今度は俺の番だとスプーンで抹茶アイスをすくうけど、後ろの相手にどう食べさせればいいんだろうか。
えっとと声を詰まらせる俺の背中へぴったりと体を寄せられて、右肩に彼の頭が乗せられた。首筋に触れる柔らかい髪と、何より密着した体に思わず固まる。
「ほんま、からかい甲斐があるわ」
「う、やめてよこういうの」
「ほんま恥ずかしがり屋やね。ええやん、やましいことはしてへんし。それで、一口くれへんの?」
耳元でそう言われて恥ずかしくて、ううっと小さくうなる。でも溶けてしまっては意味がないし、そっと後ろの相手にスプーンを向けると、手首を掴まれて顔を寄せゆっくりと味わうようにそれを舐め取る。

「たまに食べると、やっぱ美味いわ。まあ、お子ちゃま舌にはあんまりやったみたいやけど」
「え?」
「ワイのんと一緒に入れてたやつ、勝手に食いよったアホがな。アイスなのに苦いとか意味わからんとか叫んどったからな、おまえに食わせるもんちゃうわって言い返したんやけど」
残りはしょうがないから一人で食べたらしい、アホが移ってへんとええわと喉を鳴らして言う相手に、あなたもそんな冗談言うんだねと小声で返す。
「ちょっとは気楽になるかと思て」
「なら……あんまり驚かさないで、ほしいな」
「うーん、まあ善処します」
ああ、これ絶対にやめる気ないんだなと苦笑いしつつ、そこそこ溶け始めているアイスに更にスプーンを入れる。
温いかなと感じていた湯もすっかり熱くなって丁度いいくらいだ、多分それは自分のせいなんだろうけど。
ほろ苦いお茶の香りがするアイスが、体を奥から冷やしてくれて、なんだか心地いい。
気が抜けてきて、そっと後ろにもたれかかって相手の体があることに気づき身を引こうとして、それをやんわり止められた。
「別にええよ、きみ一人で潰れる程やわじゃないし」
「でも」
「遠慮せんと、なあ?」
遠慮してるわけじゃないんだけど、痛くないかなとかそういうので。
「それを遠慮って言うねん、ワイは嬉しいよ、きみの方から傍に寄ってくれるのは」
これだけ密着してて、傍に寄るもなにもないと思うんだけど。
なら一緒か、少しくらいもたれかかっても。
そう思い直して、少しだけ後ろに寄りかかる。優しく抱きとめてくれる相手の体温を更に感じて、もっと暑くなった気がした。
「いつも、そうやってくれたらええんやで?」
「そういうわけには。その、のぼせちゃ、ダメだし」
ただの言い訳なんだけど、そうと俺の頭を撫でる手にうんと無言で頷く。

「なあ、あと一口くらいやけど……食べへんの?」
カップの中に残ったアイスを覗き込んでそう言われる、食べるけどと言う俺の後ろから既に食べ終わってしまったらしい彼の腕が回される。
「変なこと、しないって」
「まだしてへんやろ?」
早く食べてしまわな溶けるで?と耳元に落とすように囁かれてううっと声が詰まる。
「もう一回、食べさせたげよか?」
「い、いいよ。大丈夫」
そこそこ溶けかけていた最後の一口を食べると、後ろからスプーンを回収され、空いたスペースに置いていた空のグラスへ二つとも入れてしまう。その手を取って、そっと指を絡めると、んと小さく声があがる。
「ごめん、あの、嫌だった?」
「いや……指先ちょっと冷たかったからビックリしてん。嬉しいから、離さんとって」
そのまま絡めてゆっくり湯の中に沈めると、冷えてたせいかピリッとした痛みが走るけど、それもすぐに消えていく。
全身温かいお湯に包まれて、抱き締められた体を預けて、すごく気持ちいい。
「溶けてなくなりそう」
「それは困るんやけど、気に入ってくれたんならええわ」
ほんま、トロンとした顔して……そんなん邪魔でけんやろ。
呟かれた声に首を傾げるけど、なんもないと頭を撫でられる。
「また一緒に入ろうな」
「うん」
また一緒にいよう、温かくて甘い、心地いいものに包まれて過ごそう。できれば、ずっとこのままで。
このまま、いれればいいのになあ。

あとがき
カジノキセルくんの話を書いてる途中で、色々と色々あって息抜きにゴスキセを書いてました。
しかしカジノはケイキセなんです、キセルくんが愛されてればなんでも美味しいのが葵の性分なのです、すみません。
今回についてはお風呂でアイス食べてる二人が見たいというのと、現在、温泉に行きたい欲が再燃している影響で、こんな甘い仕上がりに……。
ちなみに、ゴスキセって需要どれくらいあるんでしょう。
来年あたり、イベントにサークル参加しようと思ってるので、詳細等決まれば部数確認したいなって。
奇銃とゴスキセの本を、作りたいのです。
2018年10月23日 pixivより再掲
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